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神戸地方裁判所姫路支部 平成4年(ワ)731号 判決

原告

稲坂千之

右訴訟代理人弁護士

井関勇司

雨宮成兆

大搗幸男

亀井尚也

小林廣夫

後藤玲子

高島健

西村文茂

藤掛伸之

正木靖子

松重君予

松本隆行

山崎省吾

吉田竜一

山田直樹

平田元秀

高谷武良

被告

国際証券株式会社

右代表者代表取締役

松谷嘉隆

右訴訟代理人弁護士

中安正

松下繁生

岸本康義

右中安正訴訟復代理人弁護士

阿部万千絵

主文

一  被告は、原告に対し、金一二〇万四九二〇円及びこれに対する平成四年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、五〇九万四六六五円及びこれに対する平成四年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、証券会社の顧客であった投資家が、証券会社の営業担当者の勧誘行為により、外貨建てワラントのリスクなどについての説明を全く受けないままワラントの買付けをさせられ、それによって損害を被ったとして、民法七一五条一項に基づき、証券会社に対して損害の賠償を求あるものである。

一  基礎事実(当事者間に争いがない。)

1  当事者

原告は、被告会社からワラントを購入した者である。

被告会社は、資本金五五五億〇二〇〇万円、平成三年三月期の営業収益として一六八三億〇九〇〇万円を計上する野村證券株式会社系列の中堅証券会社であって、肩書地に本店を有し、有価証券についての自己売買、売買委託の媒介・取次ぎ・代理、引受け・売出し、募集又は売出しの取扱いについて大蔵大臣から免許を受けた、いわゆる総合証券会社である。

2  ワラント

ワラントとは、昭和五六年の商法改正で創設された新株引受権付社債制度の下で発行される新株引受権付社債(ワラント債)の社債部分(エクスワラント)から切り離され、それ自体で独自に取引の対象とされている新株引受権ないしこれを表象する証券のことであり、発行会社の株式を一定の期間(権利行使期間)内に一定の価格(権利行使価格)で一定量購入することのできる権利(ないしその権利が表象された証券)である。

ワラント債を発行通貨別に分類すると、国内で発行される円建てのものと、外国で発行される外貨建てのものとがある。現在外国で発行されている我が国の国内企業のワラント債としては、ヨーロッパ市場におけるドル(ユーロドル)、ドイツマルク、スイスフラン等によるものがあるが、とりわけドル建てワラント債(ユーロドルワラント債)の発行が圧倒的に多い。その理由としては、(一)ユーロドル市場が、米国の税制や為替規制の及ばない自由で無国籍なドル資金マーケットで、資金量も豊富であること、(二)海外での日本株人気を背景に、社債が低利でも売れること、(三)社債発行に当たって米国におけるような監督・規制機関がなく、制度的規制に縛られないこと、(四)米国の証券取引委員会(SEC)への登録手続や格付取得といった煩雑な手続が不要であること、(五)輸出などによる対外債権を抱える企業にとっては、固定為替による償還金額の社債を発行することによって為替レート変動のリスクをヘッジ(回避)することができるのみならず、円高傾向の為替相場を利用して社債満期時の償還外貨を先物予約で安く手当し為替差益を得ることで、ワラント債発行のコストを引き下げることができることなどが考えられる。

改正商法施行当初は社債とワラントが一体化したもの(非分離型)しか発行されていなかったので、投資家としては、ワラントが無価値となっても社債元本は返還されるし、低いながらも利息を受け取ることができた。ところが昭和六〇年一一月に国内で分離型のワラントの発行が行われるようになり、また、昭和六一年一月からは、日本企業が海外で発行していた外貨建てワラントの分離ワラントの国内持込みが行われるようになった。

ワラントは本来、社債の低利発行手段としてのオマケ的意味を持つものにすぎず、後記のとおり権利行使期間や権利行使価格の制約がある。

3  ワラントの商品構造

(一) 権利行使期間

権利行使期間はワラント債発行時に定められるが、社債の満期償還日あるいはその前の一定日とされ、発行後四、五年とされるものが多い。

(二) 権利行使価格

権利行使価格もワラント債発行時に定められ、通常、ワラント債の最終発行条件決定時における当該ワラント銘柄の株価の102.5パーセントと決められる。ただし、ワラント起債後の無償増資や公募発行による発行株式総数の増加により調整されることになる。

(三) 一ワラントの権利行使による取得株数

額面金額(外貨建ての場合には、その時の為替レートで円に換算する。)を一株の権利行使価格で除すると、一ワラントの権利行使株数となる。

(四) 権利行使方法

購入したワラントを権利行使するには、権利行使価格に取得株数を乗じた株式取得代金を、新たに発行企業に払い込まなければならない。したがって、購入したワラント銘柄の現在株価が権利行使価格と取得株数一株当たりのワラント購入コストとの合計額を上回らなければ、権利行使するメリットは投資家に存しない。

(五) ワラントの価値

ワラントの基本的財産価値は、株価と当該ワラントの権利行使価格の差額に引き受けられる株数を掛け合わせた額であり、この理論的価格はパリティと呼ばれる。たとえば、現在株価が一〇〇〇円の銘柄につき、ワラントでは八〇〇円の権利行使価格で一〇〇〇株購入できるとすると、

(一〇〇〇円−八〇〇円)×一〇〇〇株=二〇万円

がそのワラントのパリティとなる。

したがって、株価が二割上がって一二〇〇円となれば、ワラントは、

(一二〇〇円−八〇〇円)×一〇〇〇株=四〇万円

となり、倍の儲けとなる。

しかし、株価が二割下がって八〇〇円になれば、ワラントは、

(八〇〇円−八〇〇円)×一〇〇〇株=〇円

となり、投資金全額を失う結果となる。

実際には、このパリティにプレミアムが付加されて現実の取引価格となる。

(六) ワラントの取引

外貨建てワラントは外国証券であるから国内の証券取引所には上場されておらず、ルクセンブルグ、ロンドン、シンガポール等の取引所に上場されている。そのため、これを取得するためには、外国の証券取引所上場のものを委託取引で注文するか(外国取引)、または国内の証券会社と店頭で相対取引(国内店頭取引)を行うことになる。

ユーロドルワラントの気配値は、平成元年五月一日から日本証券業協会によって発表されるようになったが、発表の対象は特定の銘柄に限られていた。

そして、平成二年九月二五日からようやく、日本相互証券株式会社で行われる外貨建てワラントの業者間取引の気配値一覧(前日取引分の中値)が日本経済新聞などの経済、金融、証券の専門紙に掲載されるようになったが、一般全国紙には現在でも掲載されていない。

4  原告と被告会社との間のワラント取引

原告は被告会社姫路支店(以下、特段の断りがない限り、「被告会社」の表現は姫路支店を意味する。)との間で株式の現物取引等をしていたが、平成二年三月頃、被告会社において原告担当となった藤田陽一(以下「藤田」という。)からワラント取引の勧誘を受けた。その際、原告は、藤田からワラントの権利行使期間について一応の説明を受けた。

そして、それ以来、原告は、藤田及び藤田の後任の原告担当者となった館勝次長(以下「館」という。)のもとで、平成三年三月まで一二銘柄のワラント取引を行った。その具体的取引経過は別紙「稲坂千之口座ワラント取引一覧表」(以下「別紙ワラント取引一覧表」という。)記載のとおりである。

その結果、住友不動産、大同特殊鋼、住友重機、阪和興業、三菱金属、オリエントコーポレーション、丸紅、三菱自動車の各ワラントについてはそれぞれ利益を出したが(右八銘柄の利益合計は二一五万四五一三円)、十條製紙、大和證券の各ワラントについては損失を被った(損失合計四五六万三五五五円)。また、日本石油、神戸製鋼の各ワラントについては新株引受権を行使しないまま権利行使期間を徒過した(右二銘柄の損失合計六二一万一四三七円)。

二  本件取引の経緯に関する当事者の主張

(原告の主張)

1 原告の職業、経歴、家族構成

(一) 原告の職業、経歴

原告は昭和二〇年七月一八日生まれの男性で、昭和三九年三月に兵庫県立社高等学校を卒業後、大学には進学せずに、株式会社神戸製鋼に約一年間勤務した後、昭和四〇年九月頃に義理の叔父が代表者を務める株式会社稲坂歯車製作所に入社した。

稲坂歯車製作所は、オートバイ、農機具等自動車部品の歯車等の製造を業とする株式会社であるが、原告は入社直後、工作課に配属され、昭和六〇年頃に工作課課長に就任、現場の仕事の段取り一般の管理監督に従事し、平成六年に技術課課長になったが、この間、一貫して現場畑で稼働しており、営業や経理等の仕事に従事したことはない。

(二) 原告の家族構成

原告の家族は、妻と三人の子、同居している両親の七名であったが、農業をしていた原告の父は平成六年一〇月に死亡している。なお、本件ワラント取引時、三人の子どもは全て学生であった。

2 被告会社と取引する以前の原告の投資歴

(一) 野村證券との取引

原告が初めて証券会社を通じて株の取引を行うようになったのは、昭和六〇年頃のことであり、野村證券姫路支店を通じて取引を行ったものである。もっとも野村證券との取引は二年程度で終了しているところ、この間に原告が行った取引というのは専ら一部上場の現株取引だけで、信用取引や店頭取引、公社債の取引等を行ったことは一切なかった。

また、野村證券における原告の担当者は女性の従業員で株についてそれほど深い知識を有していなかったため、原告は担当者の推奨に応じて現株を購入するようなことはせず、「産業と経済」等の証券雑誌を定期的に購入し、これを自分なりに研究して取引を行っていたのであるが、トータルで約一〇〇万円の損を出したために野村證券との取引を打ち切った。

(二) 和光証券、大和證券との取引

なお、原告は、野村證券以外に和光証券や大和證券とも取引を行っているが、大和證券との取引は極めて短期で終わっており、和光証券、大和證券を通じてワラント取引を行ったり、信用取引を行ったりしたことはない。ここでもNTT株等、野村證券と同様に一部上場の現株取引を行っただけである。

3 被告会社との証券取引の開始

(一) 被告会社と証券取引を開始した時期

野村證券との取引を打ち切った原告は、昭和六二年頃、新聞で被告会社の扱うトップという商品が非常に利回りが良い旨の宣伝を見て、被告会社に問い合わせてトップを購入した。これが、被告会社と取引を開始した最初である。

(二) 被告会社における原告の当初の担当者

トップはいわゆる貯蓄商品であったが、トップが満期になった昭和六三年頃、原告はトップの返戻金を流用して三菱電機、石川島播磨工業といった一部上場の現株を購入した。被告会社における原告の担当者は萩原(二〇歳位の女性)で、やはりほとんど株の知識を有していなかったため、原告は「産業と経済」などの証券雑誌で研究し、自分の判断で銘柄を選定していたが、三菱電機、石川島播磨工業という銘柄を選定したのは「安全指向で、やっぱり一流企業を買っとけば間違いない。」という考えからであった。

(三) 藤田への担当者の交代

平成二年初め頃、原告は現株の取引を行うについて、株の知識の豊富な被告会社の営業員から適切なアドバイスを得たいと考え、その旨を担当者である萩原に告げたところ、萩原は「私の上司で非常に立派な親切な真面目な人がいる。」と述べて藤田を紹介し、原告の担当者が藤田に交代した。原告が担当者の交代を求めたのは、現株取引をなすについての適切なアドバイスをしてくれる営業員を求めていたからであって、ワラント取引や信用取引等これまでに経験したことのない新規の取引に手を出す意思があったからではない。原告はワラントという商品の存在すら知らなかったのである。

(四) 藤田が原告を担当するようになるまでの原告の投資傾向

なお、藤田が原告を担当するまでの原告の投資傾向についていえば、購入した現株を長期間保有するタイプではなく、短期間、大体一か月くらいで売買を回転させていくタイプであった。

また、原告が取引する株は、三菱電機、石川島播磨工業等、いずれも上場株に限られていた。日本化学や京三製作所といった銘柄の株を購入したこともあるが、これとても一部上場株であることにかわりない。

(五) 藤田の下での店頭取引の開始

このような経緯で担当者が藤田に交代した直後の平成二年の二月一六日、原告は藤田の推奨に従ってオーケー食品の現株を購入し、これによって若干の利益を得た。なお、オーケー食品は店頭株であり、原告は店頭取引に関する確認書に署名捺印しているが、これは藤田に言われるままに署名捺印したものにすぎず、原告は店頭取引が相対取引であることや相対取引がどういうものであるかということについて全く理解をしていない。

原告が相対取引という言葉を知ったのは、本訴提起後のことである。

4 藤田の勧誘を受けて原告が行ったワラント取引

(一) 住友不動産ワラントの勧誘

平成二年三月二八日、原告は住友不動産ワラントを購入しているが、これは、藤田から電話で二、三回(一回の時間は一〇分ないし二〇分)、「ワラントは一ポイント、二ポイントのあれで、三〇万、四〇万という金額が儲かる。短期間にこれだけ儲かるから、ワラントをしないと儲からない。」という勧誘を受け、その購入を承諾したものである。

原告は藤田から勧誘を受けるまでワラントという商品があることすら知らなかったのであるが、この時、藤田が原告にしたワラントの仕組みに関する説明は、ポイントが上がれば儲かる、権利行使期間があるが、住友不動産ワラントについては三、四年の期間があるから大丈夫、この間に儲かるということだけで、ポイントの計算方法やポイントが下がるという説明、権利行使期間の意味、特に権利行使期間を徒過すれば当該ワラントは紙屑になるという説明は一切ないだけでなく、ワラントが相対取引であること、外貨建てとなっており為替リスクを負うことや、ワラントの投資効率を判断するのに必要不可欠なプレミアム、パリティ、ギアリング・レシオ、プレミアム・ギアリング・レシオの意味、計算方法等は何ら説明されていない。要するに原告はワラントという商品がどういう商品であるのかについて全く理解しないまま、藤田の「儲かる」との言葉を信じて住友不動産ワラントの購入を承諾したにすぎないのである。

なお、原告が住友不動産ワラントの購入を決める以前に、藤田が店頭でワラントの説明をしたか否かについては争いがあるが、仮に説明がされたとしても、そこではワラントについての一般的な説明がなされているにすぎず具体的かつ十分な説明が行われたとはいい難いことについては後述する。

(二) 説明書の交付及び確認書の徴求時期

日本証券業協会制定の公正慣習規則第九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(以下「公正慣習規則第九号」という。)は、ワラント取引等を開始するに先立ち、証券会社又はその使用人は、顧客に対し、同協会又は新株引受権証券取引を執行する証券取引所(以下「証券取引所」という。)が作成する説明書を交付して、取引の概要及び取引に伴う危険に関する十分な説明をするとともに、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認書を徴求すべきものとしているが、原告が住友不動産ワラントを購入したのは平成二年三月二八日であるところ、原告は説明書の事前交付を受けておらず、確認書の徴求も住友不動産ワラント購入の後であった。原告がワラント取引を行うという意思決定をするに先立ち、被告会社から原告に渡されたワラントに関する書面(資料)は皆無である。

(三) 住友不動産ワラント、大同特殊鋼ワラントによる若干の利得

その後、原告名義で住友不動産ワラントが売却され、大同特殊鋼ワラントについても売買が行われている。

住友不動産ワラントについては購入日である平成二年三月二八日の二二日後である同年四月一九日に、大同特殊鋼ワラントについては購入日である平成二年四月二四日の一四日後である同年五月八日に売却することによりそれぞれ若干の利益を出した(住友不動産ワラント一六万一六六〇円、大同特殊鋼ワラントが三八万五四九三円)。

もっとも前記のように住友不動産ワラントの購入については事前に藤田から打診があったが、その売却及び大同特殊鋼ワラントの売買については藤田から事前の連絡は一切なく、事後的な報告があったにすぎない。

(四) 十條製紙ワラント、大和證券ワラントによる多額の損害

更にその後、原告名義で十條製紙ワラント、大和證券ワラントが購入されたが、原告は右取引によって多額の損害を被った。

まず、十條製紙ワラントについても事前の連絡なしに購入されたものであるが、原告は被告会社から送付されてくる書面「時価評価のお知らせ」によって十條製紙ワラントで多額の損を出していることを知り、藤田に対して「投資資金は家の改築資金であり、こんなことをしてたら家が建たない。もう止める。」と電話で告げたところ、藤田から「今止めたら元も子もない、もう一回私に勝負させてくれ。絶対に損をかけないから。」と執拗に言われ、家の改築資金を失えばどうしようもなくなる原告は「藁にもすがる気持ちで」、十條製紙ワラントを売却して、その損を取り戻すために別のワラントを購入することを藤田に一任した(十條製紙ワラントの売却は購入して三か月後の平成二年八月一〇日であり、損害額は二二九万三七九七円である。)。

このような経緯で藤田は、平成二年八月一〇日、原告に事前に何ら連絡することなく原告名義で大和證券ワラントを購入したが、大和證券ワラントについても価格は下がる一方で回復の兆しは見えず、原告は購入から約四か月後の平成二年一二月一一日、二二六万九七五八円の損を出して大和證券ワラントを売却することを余儀なくされた。

(五) 住友重機ワラント等の売買

大和證券ワラントが値下がりを続けていく中、原告は泣くようにして藤田に「家の改築資金をどうしてくれるんや。」と抗議したが、藤田は「もうちょっと待ってくれ。」と別のワラントで勝負させて欲しい旨を述べるだけであったので、何とか家の改築資金だけは確保しておきたい原告は、ここでも「藁にもすがる気持ちで」大和證券ワラントで大損をすることを承知し、十條製紙ワラントと大和證券ワラントで被った損を取り戻すための新たなワラント取引を藤田に一任した。

その後、藤田はやはり原告に事前に連絡することなしに、原告名義で、住友重機ワラント、丸紅ワラント、阪和興業ワラント、三菱金属ワラント、オリエントコーポレーションワラント、三菱自動車ワラントを購入し、いずれのワラントについても(ただし、三菱自動車ワラントについては藤田ではなく館が売却の指示を出している。)、購入後、短期間で売却することによりいずれも少額の利益を上げた。

5 館の担当時に原告が行ったワラント取引

(一) 館への担当者の交代

平成三年二月下旬頃、事前の挨拶も一切ないままに、被告会社における原告の担当者が藤田から館に交代した。もっとも、担当者交代後、原告は館と顔を合わせたことはなく、電話で話をすることがあっただけである。

(二) 日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントの購入

館は、原告名義で、平成三年三月一一日に日本石油ワラントを、平成三年三月一五日に神戸製鋼ワラントを購入した。この両銘柄についても館から事前の連絡はなく、事後的な報告があるだけであったが、原告は「どうなるのか」心配のしどおしでノイローゼ気味になりつつも、「十條製紙ワラントと大和證券ワラントの損を取り戻す。」という藤田の約束を館が実行してくれることを期待して館にワラント取引を一任していた。

(三) 権利行使期間の徒過

原告は「ワラントの時価評価のお知らせ」によって日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントの時価が大きく下落していることを知り、館に抗議したが、館は「もう少し待ってくれ。」というようなことを言うだけで、権利行使期間を徒過すればワラントは紙屑になるということを知らない原告は、いつか価格は回復するであろうことを期待して、売却の申出をしなかった。

ところがその後、ワラントの気配値も発表されず、売買が実質上不可能になっている権利行使期間満了の約一年前になって、被告会社の野尻支店長が原告宅を訪れ、「このままではゼロになってしまうので、二〇〇〇円でも三〇〇〇円でもいいから売って欲しい。」と懇願したため、原告はこの時に初めてワラントが紙屑になる商品であることを知り、「全部お宅の方で売買されて、なんで責任持たんのですか。藤田氏もあれだけ責任持つと言われて、何の連絡もなしにぽっと転勤されてしまうということはどういうことですか。」と激しく抗議したが、二〇〇〇円や三〇〇〇円では全損と異ならないことから売却を拒否した。そのため、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントについては権利行使期間を徒過し、購入金額全額(日本石油ワラントは三一四万三五六二円、神戸製鋼ワラントは三〇六万七八七五円)が損害となった。

6 小括

以上のとおりであって、原告は上場企業の現株取引の経験しか有していない投資家であり、ワラントという商品が存在することすら知らなかったが、藤田から「短期間に儲かる。」との勧誘を受け、ワラントという商品がどのような商品であるのかを正しく理解することのないまま、藤田、館の主導で住友不動産をはじめ一二銘柄のワラント取引を行った。このうち、住友不動産ワラント、大同特殊鋼ワラント、住友重機ワラント、丸紅ワラント、阪和興業ワラント、三菱金属ワラント、オリエントコーポレーションワラント、三菱自動車ワラントについては、いずれも購入後、短期間で売却をすることにより(右銘柄のうち、最も長く保有したのは丸紅ワラントの約七〇日であるが、その余のワラントは全て三日後ないし二二日後の間に売却されている。)、合計二一五万四五一三円の利益を上げたが(最も高額の利益は三菱自動車ワラントの五五万六〇二九円)、十條製紙ワラント、大和證券ワラントは比較的長期間(三、四か月)保有した結果、また日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントについては権利行使期間を徒過した結果、右四銘柄で一〇七七万四九九二円の損害を被った。結局、原告は被告会社とのワラント取引により差し引き八六二万四七九円の損害を被ったことになる。

原告は、現株についての適切なアドバイスを得たいとして藤田に担当になって貰っているにもかかわらず、藤田からワラント取引を勧められて以降、現株取引を全く行っていない。しかも原告は現株について一か月程度の短期で売買を回転させるタイプであったのに、十條製紙ワラント、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントはいずれも結果的に長期保有したために多額の損を出している。

こうした事実に鑑みるとき、平成二年三月以降、被告会社との取引において原告が主体性を失っていたこと、ワラントの仕組みについて十分な理解をしておらず、専らその売買を藤田及び館に一任していたことは明らかであり、その結果、原告は多額の損害を被ったのである。原告がワラントを購入した資金は、家の改築資金として利用する予定であったもので、妻と共働きで、酒も煙草もやらずに貯めてきたものであったが、ワラント取引によって大きな損害を被ったために、全面的な改築はできないままである。

(被告会社の主張)

1 原告と被告会社の取引の発端

原告と被告会社との取引は、昭和六二年八月一三日、原告が妻絹代名義の口座で中期国債ファンドの買付けを行ったことに始まる。

当初は女子従業員が原告の担当であったが、当初から貯蓄商品より株式投資に興味を持っていた原告は、被告会社の営業員に株式投資の情報提供を求めながら、昭和六二年一二月から原告の妻絹代名義で株式投資を行うようになった。そして、その後原告は、昭和六三年七月二七日、自らの取引口座の開設を被告会社に申し入れて、証券取引を行うようになった。原告の取引のやり方は、自分で選んだ銘柄について被告会社の担当者から情報を聞き、その上で自分の判断で買付けを行うというものであった。

2 ワラント取引の開始

しかし平成二年初頭以降の株価低迷に伴い、これまでの株式投資による利益発生が低調となったため、原告は、より投資効率の高いワラント取引を自ら希望して始めた。

原告がワラント取引を行うようになった契機は、平成二年三月にそれまで原告を担当していた女子従業員が退職するに当たって、藤田が正式に原告の担当者となり、藤田が原告に電話でワラントの取引を勧めたことである。その際、藤田は、ワラントの仕組みについて、特に株式の二倍から三倍の値動きがあること、したがって儲けも大きい代りに損失も大きいこと、さらに権利行使期間があり、その期間満了までに株式の価格が権利行使価格より上がっていなければ、結局ワラントの価値がゼロになるということなどについて、住友不動産ワラントを例にとって現在の株価と過去の高値及びその時点でのワラントの高値等を比較して具体的な数字を挙げながら十分に説明した。

原告は、藤田の説明を聞いた上で、藤田に対して電話で住友不動産ワラントの購入申込みを行った。これを受けて藤田は、翌日、ワラントの説明書とともに確認書などを被告会社の総務課から原告宛に郵送させ、原告が署名捺印した確認書等の返送を待って、原告のために住友不動産ワラントの購入手続を行った。

3 十條製紙ワラントについて

原告は、十條製紙ワラントを購入する以前、平成二年四月一九日に住友不動産ワラントで投資金額四五六万二六二五円に対し二二日間で一六万一六六〇円の売却差益を上げ、同年五月八日には大同特殊鋼ワラントで投資金額四九三万四三七五円に対し一四日間で三八万五四九三円の売却差益を上げた。このことはワラント取引が成功すれば投資効率が良いものであることを示している。また、原告ほど経験のある投資家が、リターンが大きければリスクも大きいことを認識していなかったとは到底考えられないから、原告は十條製紙ワラントを購入する時点でワラントの値動きの大きいことを身をもって経験していたといえる。

ところで、藤田は原告に対し、十條製紙ワラントの値段や権利行使価格や権利行使期間の説明をして、十條製紙の株価の上昇が期待できることを理由に十條製紙ワラントの買付けを勧め、平成二年五月八日、原告は同ワラントを購入した。しかし、原告及び藤田の予想に反して十條製紙の株価は下落し、それに連動して十條製紙ワラントの値段も下落してしまった。しばらくして、一時的に十條製紙の株価が急騰したことがあったが、ワラントの値段は余り上がらず、その後の株価の下落に伴ってワラントの値段も下落してしまった。結局、同年八月一〇日、原告は二二九万三七九七円の差損を出して右ワラントを売却した。この間、原告は藤田から、株価及びワラントの値段の報告を受けていた。

4 大和證券ワラントについて

株式相場は、平成二年七月一七日に日経平均株価三万三一七二円から暴落し、イラクがクウェートに侵攻したことから更に激しく暴落して、同年九月には日経平均株価が二万〇二二一円にまで落ちるという状況であった。

そのような状況の中で、原告は、同年八月一〇日、今度は値動きのいいワラントを買いたいと言って、十條製紙ワラントを二二九万三七九七円の差損を出して売却し、大和證券ワラントを購入した。この時、原告は、ブラックマンデーの時などのように株式相場の暴落はある程度で終わり、その後にリバウンドして急騰するであろうから、その急騰によってワラントの売却益を得ようというつもりであった。そして、その目的のため、証券相場の動向に価格が最も敏感に反応するであろう証券銘柄のうち大和證券ワラントを選択した。ところが、九月まで暴落した株式相場はその後も回復せず、同年一二月四日の日経平均株価は二万一八六二円であった。そのため、原告は、同年一二月一一日に大和證券ワラントを二二六万九七五八円の差損を出して売却した。

この点に関し、原告は、十條製紙ワラントで損をしたことから、藤田に「ワラント取引をもう止める。」と申し入れたのに対し、藤田が「今止めたら元も子もないようになる。絶対損をかけへんから、勝負させてくれ。」と言って、原告に無断で大和證券ワラントを購入したと主張する。

しかし、原告は、大和證券ワラントを購入するに当たって、平成二年八月一四日に買付代金の不足金一万三七三五円を現金で被告会社の店頭に持参しており、その場で藤田と面談している。また、藤田と原告は連日電話で連絡を取り合っていた。これは、大和證券ワラント購入について原告が積極的な意図を有していたことを窺わせる事情である。

さらに原告は、大和證券ワラントでも大きな損を出しているにもかかわらず、次に同年一二月一一日に二九六万八六二〇円の新たな資金を投入して住友重機ワラントを購入している。このことからも、ワラント取引をやめたいと思っていたとする原告の主張は信用できない。

5 大和證券ワラント売却後の取引

原告は、大和證券ワラントで損をしたが、新たに約三〇〇万円の資金を投入して住友重機ワラントを購入し、三日間で投資金額四四四万六五六二円に対し四八万八五八八円の売却差益を得た。その後藤田が担当者である間、五銘柄のワラントを購入し、いずれも売却差益を上げている。しかもその五銘柄の取引についても、丸紅ワラントの保有中に一二〇万一九四九円の新たな資金を投入して阪和興業ワラントを購入するなど、取引経過から原告の積極的な投資に対する姿勢が窺える。

6 日本石油ワラント及び神戸製鋼ワラントの買付けについて

被告会社における原告の担当者が藤田から館に交代して以来、館は原告に三菱自動車ワラントの値段を二、三回連絡した。そして、平成三年三月一一日の朝に急に三菱自動車ワラントの価格が上昇したことから、館は、原告に一刻も早く連絡を取ろうとして、原告から急用がない限り連絡を取らないでほしいと言われている原告の勤務先に連絡を取り、三菱自動車ワラントの価格が急に上っているから売却してはどうかと勧め、原告は三菱自動車ワラントの売付注文を出した。原告は、この売却により、投資金額五七〇万七六八七円に対し一九日間で五五万六〇二九円の差益を得た。その際、館が原告に売却代金をどうするかを尋ねたところ、原告は次の銘柄を考えてほしいと頼んだ。

同日、三菱自動車ワラントの売却約定が成立してから、原告から館に問い合わせがあり、館は、右約定が成立した旨を報告するとともに、日本石油ワラントを買い付けたらどうかと提案した。館は原告に、日本石油ワラントの権利行使期間や権利行使価格等を説明するとともに、日本石油ワラントがいいと思う理由として、日本石油の株の動きが二か月くらい前から良いことや、その日の出来高が非常に多いことを説明した。原告は、日本石油株の動きの良いことは既に知っており、その場で日本石油ワラントの買付注文を出した。館は、同日夜、原告の自宅に電話をして、その買付約定が成立したことを報告するとともに、その買付代金には三菱自動車ワラントの売却代金を充てるとの指示を得た。

平成三年三月一五日午前一〇時半頃、原告は被告会社に赴いた。この時、原告の口座には、三菱自動車ワラントを買い付けた時点で既に残っていた九一万五八五六円と、三菱自動車ワラントの売却代金と日本石油ワラントの買付代金との差額三一二万〇一五四円の合計四〇三万六〇一〇円の残高があった。原告はそれらの取引内容と取引金額を確認した上で、残高の中から九一万五八五六円のみの出金手続を取った。

その後、原告は、館と店頭カウンターで面談し、口座の残金で買えるいい銘柄はないかとアドバイスを求めた。館が神戸製鋼ワラントを含む二、三銘柄をクイックやチャートや四季報などの資料を示しながら勧めたところ、原告は、あとから連絡すると言って、その場で買付注文を出すことなく、資料のコピーを持って帰った。同日午後一時頃、原告から館に電話があり、銘柄の選択についてもう一度話を聞きたいと言ってきた。館は、神戸製鋼の株価の動きが良く出来高も多い一方で、神戸製鋼ワラントのポイントが下がっていたので、ほどなくワラントの価格が株価に連動するであろうし、そのときの値上がり幅を利益として得ることを期待できるという理由で神戸製鋼ワラントを勧めた。すると、原告は、右ワラントの買付注文を出した。当日の夜、館は原告に右買付注文の約定ができた旨報告した。

7 日本石油ワラントと神戸製鋼ワラントの売却提案について

平成三年三月一九日か二〇日頃、館は原告に、日本石油の株価とワラント価格が下落し始めたこと、日本石油株の出来高が激減したことなどから危険ではないかということを理由に日本石油ワラントの売却を勧めた。しかし、原告は日本石油の業績がいいことを理由に同ワラントの保有を続けると回答した。

また、同月一九日、館は原告に、神戸製鋼の株価が更に上昇したのにワラント価格が下落傾向にあったので、神戸製鋼ワラントの売却を提案した。しかし、原告は、神戸製鋼の株価の動きの良さからワラントの値上がり期待を捨てず、神戸製鋼ワラントの保有を続けると回答した。

その後も館は、相場全体が急落しつつあったことから、同年五月末までに、原告に、数え切れないほど日本石油ワラントと神戸製鋼ワラントを売却して現金化するよう勧めた。また、同年六月に原告が投資信託を売却するため被告会社に来店したときには、特に強く売却を勧めている。しかし、原告は、相場に関する強気な見方を変えず、右二銘柄のワラントを売却せず、とうとう館に対し電話をかけないでくれと言い出した。その後、原告は右二銘柄のワラントをそれぞれ権利行使期間が満了するまで保有していた。

8 結論

以上のとおり、原告は、被告会社からの情報提供を受けてワラントの価格を知り抜いた上で、株式相場とワラント価格の回復を期待して、自己の判断によりワラント取引を持続していたのである。

三  争点

1  被告会社の責任原因について

(一) ワラント取引の特徴と危険性

(原告の主張)

ワラント、特に外貨建てワラントは、以下に述べるとおり、単に新規かつ周知性の低い商品であるというだけでなく、その仕組みは複雑難解で多くの問題を抱えた商品であって、投資家がその価格を知る方法も限られており、その取引はおよそ一般投資家には適合しないものである。

(1) ワラントの価格

ワラントは、発行直後には額面(外貨建てワラントの場合、一ワラント五〇〇〇米ドルが一般である。)の二〇パーセント(=二〇ポイント)前後で取引されることが多いが、具体的なワラントの価格は、ワラントの理論価値(パリティ、株価と当該ワラントの権利行使価格の差額に引き受けられる株数を乗じたもの)に株価の値上がりへの先高期待(プレミアム)が加算されて算出される。もっとも、プレミアムを独自に算出する計算式はなく、ワラント価格からパリティ価格を差し引くことによってしか計算できない。かかるプレミアムの不透明さが、ワラントが相対取引(外貨建てワラントの場合)であることと相まって、ワラントの価格決定を極めて不明瞭かつ不安定なものにしている。

そして、このようにパリティとプレミアムによって決定されるワラントの時価はポイントという指数で表されるが、ポイントだけ知っていても、ワラントの額面などが分からなければワラントの時価は算出できず、ひいては一ポイント上がることによっていくら差益が生ずるかも算出できないし、またポイント、額面、ワラントの時価が分かっていても、当該ワラントのパリティ、プレミアムの具体的数値を把握するには複雑な計算式に基づく計算をしなければならない。

(2) ハイリスク・ハイリターン性

ワラントの場合、その価格変動は一般に株式より大きく、極めて不安定である。

すなわち、ワラント投資の目的の一つは、将来(権利行使時)に株価が権利行使価格を上回ることにより、新株引受権を行使して時価より低い権利行使価格で取得した株式を時価で売却してその差益を得ることにあり、それゆえ、ワラントの価格は株価との関係で決定される理論価値(パリティ)に、将来、株式が権利行使価格より値上がりすることに対する先高期待(プレミアム)を加算して決められる。

そしてワラントは発行直後には額面(外貨建てワラントの場合、一ワラント五〇〇〇米ドルが一般である)の二〇パーセント(二〇ポイント)前後で取引されることが多く、その後の価格の変動は株価に連動するが、転換社債の場合、理論価値が二倍になるためには株価が二倍にならなければならないのに(いうまでもないが通常の株の場合も同様である。)、ワラントの場合は、価格が二倍になるには株価と権利行使価格の差(乖離)が二倍になればよい。換言すれば、ワラントの場合、少額の株価の動きが何倍にも拡大されて、ワラント価格の動きとなる。これがワラントのギアリング効果(歯車効果)であるが、その連動性(変動率)が株価に比し激しいことがワラントのハイリスク・ハイリターン商品といわれる所以であり、ハイリターン性が「最大の魅力」として売り物にされるのである。

もっとも「プレミアムの大きい銘柄ほどギアリング効果が高いというのは、ある程度長期的な投資期間を仮定した場合にいえることであって、ごく短期間でみると、必ずしもプレミアムの大きな銘柄がギアリング効果が高いわけではなく、プレミアムが大きすぎる場合は、株価が上昇しても、プレミアムが減少するだけで、ワラント価格が株価の上昇に連動して動かないことがある。経験的に、プレミアムが二〇以上であると、連動性が極端に低下する。このような場合、株価が下落していないのに、プレミアムだけが減少して、ワラント価格が低下することがあるので注意を要する」と指摘する文献があることからも明らかなように、マイナスパリティ(一〇〇パーセントプレミアム)のワラントの場合、株価が上昇しても高すぎたプレミアムが減少してワラントの価格は上がらなかったり(ローリターン)、株価は変動しないのに(上昇しないことへの反発から)やはりプレミアムだけが減少してワラントの価格は下がる(ハイリスク)ことが往々にあり、経験的にも理論的にも、ハイリターンに向けての株価とのギアリングは期待できない(ハイリスク性のみが残る)。

このようにワラントは、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べて、投資金額全額を失う危険性の高い超ハイリスク商品であるが、このハイリスク性が、独自に算出する方法も極めて不透明なプレミアムによってもたされるものであるが故に、特にマイナスパリティ(一〇〇パーセントプレミアム)のワラントについてハイリターン性(ギアリング効果)を具体的に予測することは著しく困難である。

(3) 為替リスク

外貨建てワラントを売却する場合、売却価格は為替変動の影響を受ける。

ワラントの理論価格という点だけで考えるならば、為替が円高になれば、ワラントの理論価格は上昇し、円高により為替差損と相殺されることになるはずであるが、実際のワラントの価格がプレミアムを含んでいるため、為替による影響を免れない。

(4) 相対取引

海外で発行された外貨建てのワラントは、顧客と証券会社との相対取引となる。

外貨建てワラントの場合は、平成二年九月に日本相互証券株式会社への売買集中が義務付けられるまで、証券会社間で売買され、そこでの価格に基づいて証券会社が顧客に直接売付け、買付けする取引態様(相対取引)をとってたため、価格形成過程が甚だ不透明・不公正で、価格公表が不徹底となる原因となっていた。

そこで、平成元年一月から業者間売買市場が創立され、平成元年五月からは、外貨建てワラントの代表的銘柄四二銘柄(平成二年三月一日からは約一〇〇銘柄となる。)の売値と買値についてそれぞれの気配値(各証券会社が取引を希望する価格の平均値)を発表することになった。さらに、平成二年九月二五日からは、各証券会社間の外貨建てワラントの取引を原則として日本相互証券株式会社に集中させて、その値段を公表することになり、統一的価格が形成されるようになり、気配値は日本経済新聞に発表されるようになった。

もっとも、ワラント取引を日本相互証券株式会社に集中させてその値段を公表するという改革は、大蔵省が当初計画していた東証上場案に対する証券会社の強固な反対があったためにでき上がった「妥協の産物」(平成二年二月一九日付日経金融新聞)にすぎず、価格形成の不公正さが抜本的に改革されたとはいい難く、また、気配値が発表されるようになったとはいっても、証券会社を訪れない投資家がワラントの気配値を知る方法は日本経済新聞を読むことしかなく、原告のように滅多に証券会社を訪れることもなく、日本経済新聞も講読していない投資家がワラントの価格を知るためには証券会社に問い合わせをするしかなかった。そうすると顧客は証券会社の言い値でワラントを購入売却せざるをえない。

しかも、外貨建てワラントは一〇ないし五〇枚を一売買単位として取り引きされており、個人投資家としては必然的に取引高も高額となる。それだけ、証券会社の得る利鞘も大きい。

(5) ワラントの投下資本を回収する方法

投資家がワラントについて投下資本を回収する方法としては、①当該ワラントを売却する方法と、②ワラントを売却せずに、新株引受権を行使して新株を取得する方法がある。

①のワラントを売却する方法の場合、売却時のワラントの価格が購入時の価格を上回っていなければ利益を出すことはできないが(正確にいえば、後述するビッドとオファーの関係で購入時よりも1.5ポイント以上価格が上昇しないと投資家は損をする。)、ワラントの気配値が発表されるようになった以降も、気配値が発表されるのは権利行使期間満了の一年前までであり、権利行使期間のうちの最後の一定期間(時期により異なるがたとえば最後の一年)は残存期間が短いために取引されないことがある。この場合、値がつかなくなり、(利益を出すための)売買は実際上極めて困難となる。そうしてワラント発行時に定められている権利行使期間が過ぎると権利行使ができなくなって価値がなくなる。すなわち、権利行使期間を徒過してしまうとワラントは紙屑と化してしまうのである。

また、②の新株引受権を行使する方法については、権利行使時点で株価が権利行使価格を上回っていることが前提となる。株価が権利行使価格を下回っていれば権利行使するよりも市場で現株を購入する方が安くつくのであるから、権利行使は全く無意味である。また、株価が権利行使価格を上回っており、権利行使をするのにメリットがある場合も、ワラント購入代金と別に権利行使時に買付代金を用意する必要があるところ、この買付代金は、額面×固定為替レート×付与率によって算出される。このように権利行使に際しては当初の購入代金と別に何百万(場合によっては数千万)単位の金員を用意する必要が生じる(したがって、権利行使をするには、正確にいうと、株価が権利行使代金を上回っているだけでは不十分で、株価が当初の購入代金と権利行使価格の合計を上回っていなければ権利行使をしても投資家に利益は出ない。)。

(6) ワラントにおける投資判断のための指標と本件各ワラントの投資効率

ワラントの価格は理論価値であるパリティに株価の値上がりへの先高期待であるプレミアムを加算して決定され、株とは全く違う仕組みを有するため、当該ワラントが有望なものなのであるか否かの投資判断をするに際し、株式には見られない種々の指標が用いられる。

① 権利行使のメリットを判断するための指標

ワラントに対する投下資本を回収する方法としては、プレミアム付きで売却してしまう方法と、売却せずに権利行使して新株を引き受ける方法(引き受けた新株を売却して利益を得る方法)とがあるが、ワラント自体が転々流通するとしても、「ワラント購入・権利行使・新株売却の方法の方が株の売買より多い利益を出せると予測できる価格」で流通しなければ、価値の最終的な実現者である権利行使者が登場しないことからもあきらかなように、権利行使を予定せずプレミアム付きで売却することを予定している投資家も、購入したワラントの価格が将来購入金額を上回るか否かの予測は、当然に当該ワラントに権利行使のメリットがあるか否かという観点からしなければならない。

この場合に注意しなければならないのは、権利行使に際しては、購入代金と別途に新株の買付代金を用意しなければならないため、権利行使時の株価が当初のワラント購入代金を上回っているだけでは直ちに権利行使のメリットがあるとはいえず、権利行使にメリットがあるのは、権利行使時の株価が当初のワラント購入代金と権利行使価格の合計額を上回っている場合であるという点である。右の当初のワラント購入代金と権利行使価格の合計額が一般にワラントコスト(一株当たりの株コスト)と呼ばれるものであり、投資家は当該ワラントに権利行使のメリットがあるか否かの判断を、ワラントコストと現在株価の比較によって行わなければならない(ワラントコストが現在株価を大きく上回っているようであれば、当該ワラントは権利行使のメリットなど予測しえず、むしろ紙屑になる蓋然性が高い。)。そして、ワラントが現在株価の何パーセントまで割高に買い込まれているかをパーセントで数値化した指標が乖離率である。

ところで、このようにワラントコストや乖離率を考慮して当該ワラントの投資効率を測ることについては、原告のようにそもそも権利行使を考えておらず、プレミアム付きで売却することを予定している投資家においては、そもそも権利行使のメリットなどを測る必要はないとの反論がなされることがあるが、かかる反論が全くの欺瞞であることは前記のとおりである。「プレミアム付きで売却すればよいのだから」というのは、「自分が購入した価格よりも高値でワラントを買い取ってくれる第三者が現れる」ことを前提にしている(そうでなければ投資家は利益を上げることはできない。)。ところが、現実に権利行使期間というものが存在し、最終的なワラントの保有者は権利行使を考えざるをえないのであって、権利行使時点においてメリットのない紙屑ワラントを、権利行使前に高値で買い取ってくれる人が現れると期待することにはおよそ合理性がないからである。

したがって、権利行使を前提にする場合はもちろん、プレミアム付きで売却することを前提にする場合でも、当該ワラントが投資対象として有望か否かの判断は、ワラントコストを正しく認識したうえで、このワラントコストと権利行使時点の株価予想との比較によって行わざるをえないのである。

(イ) 一株当たりのワラントコスト

前記のとおり、プレミアム付きで売却を予定している投資家も、当該ワラントが投資対象として有効であるか否かの判断は、ワラントコスト、すなわち、「権利行使を前提として、一株を購入するために必要なワラント入手に係る費用」と株価との比較によって行わざるをえず、これが現在株価を大幅に上回っているようなワラントは、権利行使のメリットのない、紙屑になる蓋然性の高いワラントである(そのようなワラントは、発行当初を除き、高値で売却できるはずもない。)。

この一株当たりのワラントコスト(一株当たりの株コスト)は左の計算式によって求めることができる。

(計算式)

一株当たりのワラントコスト=一ワラントの買付代金÷一ワラント当たりの行使株数

※一ワラントの買付代金=五〇〇〇ドル×ポイント÷一〇〇×取引時の為替

※一ワラント当たりの行使株数=五〇〇〇ドル×固定為替の日本円÷権利行使価格

原告が損害を被った四銘柄のワラントにつき、右の計算式によって求められるワラントコストと購入日(または購入日前日)の株価を比較すると別紙ワラント購入銘柄分析表1のようになる。

十條製紙ワラントを例にとれば、一株当たりのワラントコストが一一七〇円かかるのであるから、手数料や税金を度外視しても、権利行使時点において株価が一一七〇円を上回れば権利行使をするメリットが生じるが、逆に一一七〇円を下回れば権利行使をするメリットはない(市場で株を買った方が安く、ワラントは紙屑になる。)。ところが、十條製紙の株価は平成二年初めに一〇〇〇円を切ってから一〇〇〇円を超えたことはなく、購入時の株価は八一〇円であり、購入時、権利行使時に株価がワラントコスト(一一七〇円)を上回ることなど到底予測できないものであった(他のワラントについても同様にワラントコストと株価との間には大きな開きがあり、権利行使時に株価がワラントコストを上回ることを合理的に予測し得るものは皆無である。)。この点については、藤田も原告に勧めた全てのワラントが権利行使時点において、株価が権利行使価格を上回る可能性がないこと、すなわち、勧誘したワラントはいずれも権利行使を考える余地のないものであったことを認めている。

(ロ) 乖離率

乖離率とは、前記のとおり、ワラントが株価の何パーセントまで割高に買い進まれているかを示す指標である。ワラントは権利行使時点において、権利行使価格が株価を下回っていなければ紙屑となってしまうのであるから、紙屑となる危険性がないかを判断するに際し、ワラントの値動きと株価の値動きがどの程度乖離しているか、その具体的数値を知ることは投資判断の有効な指標となる。

かかる乖離率は以下の計算式によって求められる。

(計算式)

乖離率=(一株当たりのワラントコスト−株価)÷株価×一〇〇

右計算式によって求められる原告が損を被った四銘柄の乖離率は別紙ワラント購入銘柄分析表2のとおりである。

右のとおり四銘柄とも株を買うより割高であるが、特に大和證券ワラントは107.6パーセント、神戸製鋼ワラントは70.3パーセントも割高に買い込まれており、乖離の程度が著しい。当時、株価が倍前後にまで上昇するような株式の存在を予測していた投資家が何人いたであろうか。ワラントコストや乖離率の意味を正しく認識できた投資家においてこのようなワラントを購入する者はおそらくいないであろう。

② ワラントの実質的価値を反映する指標(パリティ)

ワラントの市場価格は、ワラントの理論価格とプレミアムの合計によって決せられるが、ここにいうワラントの理論価格がパリティであり、残存期間が短くなると減少するプレミアム(それを独自に計算する方法もない)と異なり、ワラントの残存期間とは無関係に、専ら権利行使価格と株価との関係だけで決まる。

ワラントの最大の特徴であるハイリスク・ハイリターン性は、ワラントの価格が株価と連動することによってもたらされる(ギアリング効果)。すなわち、理論的に考えると、転換社債の理論価値は株価に比例するが、ワラントの理論価値は、株価ではなく、株価と権利行使価格の差(乖離)に比例する。具体的には、転換社債の場合、パリティが二倍になるためには、株価が二倍にならなければならないが、ワラントの場合は、株価と権利行使価格の差が二倍になればよいわけである。この投資効率の高さがギアリング効果(歯車効果)なのであり、ワラントの場合、少額の株価の動きが何倍にも拡大されて、ワラント価格の動きとなるのである。

もっとも、マイナスパリティのワラントの場合、経験的にも理論的にも株価との連動が期待しにくいことは前記(2)のとおりである。

ワラントの価格が常に株価と連動するのであれば、投資家はパリティやプレミアムについて知らなくても、株価によってワラントの将来価格を予測することはできる。しかし、実際はマイナスパリティのワラントは株価と連動しにくいのであるから、株価によって合理的なワラントの将来価格を予測することでできないのであり、特に短期売買を前提にマイナスパリティのワラントを購入するか否かを判断するに際しては、当該銘柄のパリティやプレミアムの具体的数値を知っておくことが不可欠といわざるをえない。

そして、このパリティは次の計算式によって表示される。

(計算式)

ワラントパリティ={(株価−権利行使価格)×行使株数×一〇〇}÷(実勢為替×額面)

右計算式によって表示される原告が損害を被った十條製紙ワラント等の四銘柄のワラントのポイント(市場価格)、プレミアム、パリティは、それぞれ別紙ワラント購入銘柄分析表3のとおりであった。

右表のとおり、パリティがプラスなワラントは皆無であり、いずれも三〇ポイント以上のマイナスパリティである。大和證券ワラントを例にすれば、株価が一四六〇円のとき(原告が大和證券ワラントを購入した前日の株価)、理論上パリティとしてはマイナス44.9ポイントの価値しかない。前記のようにワラントの価格はプレミアムとパリティからなるが、本件の場合の一〇ポイントという価格は、マイナス44.9ポイントにプレミアムを加えて算出されたものであり、結局プレミアムは54.9ポイントである。すなわち、大和證券ワラントにはパリティが全くなく、プレミアムが54.9ポイントのワラントになり、プレミアムが二〇以上になると、株価との連動性は薄くなる。したがって、プレミアム二〇までを目安にしたいのであれば、一〇ポイントの価格設定自体がまだ高すぎるのである。

③ ワラントのギアリング効果を測る指標

ワラントの最大の魅力とされているギアリング効果を測る指標としてギアリング・レシオ、プレミアム・ギアリング・レシオがある。

前記のように、マイナスパリティ(一〇〇パーセントプレミアム)のワラントは、株価が上昇しても高すぎたプレミアムが減少してワラントの価格は上がらなかったり(ローリターン)、株価は変動しないのに(上昇しないことへの反発から)やはりプレミアムだけが減少してワラントの価格は下がる(ハイリスク)ことが往々にあるという、ローリターン・ハイリスクな商品であり、このように株価とのギアリングが期待できない以上、株価によってそのようなワラントの価格の将来予測をすることは不適切であるから、ワラントの価格が上昇するか否かを適切に予測するためには、パリティとプレミアムの具体的数値を知るとともに、こうした指標を用いることが不可欠である。

(イ) ギアリング・レシオ

ワラントのギアリング効果を測る尺度として、ギアリング・レシオが利用される。ギアリング・レシオは、株価が二倍になったときのワラント・パリティを一株当たりのワラント・コストと比較するものである。ギアリング・レシオは三ないし五なら普通、五ないし七なら良い、七以上なら非常に良いと評価され、すなわち、数字の大きい方が投資効率の良いワラントといえるのである。

ギアリング・レシオは以下のような計算式によって求められる。

(計算式)

ギアリング・レシオ=(株価×行使株数)÷(額面×ワラント価格÷一〇〇×実勢為替)

右の計算式によって求められる原告が損害を被った四銘柄のワラントのギアリング・レシオは別紙ワラント購入銘柄分析表4のとおりであった。

右のとおりギアリング・レシオはどれも悪くない(むしろ、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントのギアリング・レシオは良いとすらいえるであろう)。

(ロ) プレミアム・ギアリング・レシオ

もっともギアリング・レシオにおいては当該ワラントのプレミアムが十分に考慮されておらず、本件各ワラントのようにマイナスパリティでプレミアムだけで価格設定がなされているワラント(しかもプレミアムは全て四〇ポイント以上のハイレベル)について、ギアリング・レシオだけで投資効率を測ることは適当でない。

マイナスパリティのワラントについては、プレミアム・レベルと、投資効率の良さを同時に測定する指標であるプレミアム・ギアリング・レシオが利用されるべきである。かかるプレミアム・ギアリング・レシオは以下の計算式で算出されるが、値の小さい方が良いプレミアムを、値が大きい方が良いギアリング・レシオで割るのであるから、その値は小さい方が良い。プレミアム・ギアリング・レシオが低いことはワラントの投資対象としての有効性を示すものであり、プライスが三〇以下の銘柄の場合に、プレミアム・ギアリング・レシオは四倍以下が望ましい。

(計算式)

プレミアム・ギアリング・レシオ=プレミアム÷ギアリング・レシオ

右計算式によって求められる住友不動産ワラント及び原告が損害を被った四銘柄のワラントのプレミアム・ギアリング・レシオは別紙ワラント購入銘柄分析表5のとおりであった。

右ワラントのポイントは全て三〇ポイント以下であったが、プレミアム・ギアリング・レシオが四倍以下におさまっているのは神戸製鋼ワラントしかない。十條製紙ワラント、大和證券ワラントについては実に一〇倍を超えているのである。これは右ワラントが全て大幅なマイナスパリティであったことの当然の帰結であるが、原告が如何に投資効率の悪いワラントを購入させられたかということは一目瞭然である。

(被告会社の主張)

新株引受権付社債から分離された新株引受権証券(ワラント)は、いわゆるプレミアム部分に相当する新株引受権を売買の対象としており、この新株引受権の権利行使期間は通常の場合発行後一、二か月間で開始され、概ね五年後の償還日の一、二週間前に満了する。行使期間が満了すればワラントは当然無価値になるが、これは発行時に決定された条件として性質上当然に予想されるところであり、ワラント保有者の予想しえない事態が発生したというわけではない。

また、ワラント価格は株価と連動してハイリスク・ハイリターンに推移するが、株価がいくら下落してもその損失はワラントの購入資金以上にはならないのであり、最大の損失を投資額だけに限定しうることになる。これは、株主が保有株式の引受価額を限度として有限責任を負担する原則と同一であり、株式会社ないし株式投資の本質的原則に属するものであるから、商品価値を一方的に消滅させる場合と本質的に異なることはいうまでもない。

なお、原告は、ワラントの主流が外貨建てであることから、為替変動に伴うリスクが大きいと主張するが、基本的に為替リスクは存在しない。ワラントに関しては、権利行使価格その他の条件とともに引受権行使の際の為替レートがあらかじめ固定されており、ワラントに基づく引受株数は為替の変動に関係なく常に一定している。ただ、ワラントそれ自体の売買取引に際し、それが長期保有に及ぶような場合には、為替変動の影響を微妙に受けることが考えられる程度である。

(二) 適合性の原則違反について

(原告の主張)

証券会社は、投資勧誘に際して、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みて、不適当な証券取引を勧誘してはならないとされており(証券取引法五四条一項一号、公正慣習規則第一号、第八号、第九号参照)、また、日本証券業協会宛の昭和四九年一二月二日付蔵証二二一一号大蔵省証券局長通達は「投資家に対する投資勧誘に際しては、投資家の意向、投資経験及び資力に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること。特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する勧誘については、より一層慎重を期すること。証券会社はそれぞれ取引開始基準を作成し、この基準に合致する投資者に限り取引を行うこと」と規定する。これらはいずれも「適合性の原則」を定めたものである。

ところでワラント取引、特に外貨建てワラント取引は、強度の投機性と複雑難解な仕組みや問題点を有する取引であり、価格形成は必ずしも理論的ではないので、投資対象としては高度の知識と深い経験を必要とする金融商品である。したがって、専門的知識に裏付けられた機関投資家がポートフェリオ構成要素の一部として保有する程度にとどめるのが安全であり、少なくとも個人投資家向けではないと指摘する文献もある。ここにいうポートフェリオとは、資産を必要資産と余裕資産に分類し、更に余裕資産を不動産資産(投資用の賃貸不動産等)、金融資産(預金、貸付金等)、証券資産に分類した場合の証券資産であり、右文献では、ポートフェリオについても、基本的にはローリスクの国債等、ミドルリスクの株等に注ぎ込まれるべきで、ハイリスクのワラント等については、機関投資家がポートフェリオ構成要素の一部として保有するにとどめるべきだと指摘しているのである。

原告が機関投資家でないことはいうまでもないが、原告がワラント取引に投下した資本は、妻と共働きをして、酒も煙草もやらずに蓄えた自宅の改築資金であり、貯蓄代わりに現株や投資信託を購入していたものにすぎず、これが余裕資産(ポートフェリオ)でなかったことは明白である。

また、原告は株の投資経験を有していたとはいえ、安全な上場企業の現株取引に終始していたものであって、信用取引等、投機的な証券取引の経験は全くなかった(原告は藤田の勧誘により店頭取引を行っているが、これは藤田の主導に基づくもので原告は相対取引の意味を理解していないというだけでなく、その開始は平成二年二月一三日であって、店頭取引と本件ワラント取引とは一体に理解されるべきである。また、原告は店頭銘柄であるオーケー食品の取引によって損をしておらず、そのリスク性を経験していないのであり、店頭取引をしていたことからワラント取引の「適合性」ありとすることは許されない。)。

さらに、原告の株式についての知識も「産業と経済」といった専門誌を読んで独学で研究するといったものにすぎず、それ以上に自ら投資情報を積極的に収集するといったこともなかったのであって、これによって原告がワラントのような新規かつ周知性のない証券取引にも適合できるだけの知識を備えたものではないこともいうまでもない(原告の独学による研究ではおそらく現株取引についても正しい知識や判断力を備えることもできなかったものと思われる。だからこそ、原告は、野村證券と取引をしていた時代にはトータルで利益を上げることはできなかったし、被告会社と証券取引を始めてからも独学の限界を感じたが故に、専門的な知識を有し、適切なアドバイスをしてくれる営業員を担当者とするように自分から求めたのである。)。

このように原告は、資力、能力、意向のいずれの面から見ても、外貨建てワラント取引のような仕組みが超難解でかつ投資金額全額を失うおそれのある超ハイリスクな取引に耐えられるだけの適正を有しているとは到底いえない者であった。しかるに藤田は、原告が現株取引についてのアドバイスを求めているにすぎないのに、敢えて原告を店頭取引からワラント取引へと、原告がその存在すら知らなかった超ハイリスクな取引へ巻き込んでいったものであり、かかる勧誘は「適合性の原則」に反する違法なものであるといわなければならない。

(被告会社の主張)

(1) 適合性の原則について

顧客がそもそも証券投資をするかどうか、証券投資をする場合にいかなる証券にそのような投資をするかということは、もとより証券会社が決定できることでも、すべきことでもなく、顧客自身が自己の好みに基づき、自己の責任で自由に判断すべきことである。したがって、顧客とその投資についての適合性に関して、証券会社が一次的な注意義務を負うことはないと考えられる。原告が適合性の原則の根拠としてあげるものは、いずれも証券会社に対して故意に投資者を犠牲にすることのないように証券市場全体を名宛人として不作為義務を課したものであり、証券会社が個々の投資者に対して何らかの義務を負うとしたものではない。

ただ、事実上、証券会社は、顧客より証券投資に関する知識、経験、能力等の面で優位に立つ場合があるから、例外的に、証券会社が顧客の投資目的、投資経験及び財産状態等の顧客の属性に鑑みて、明らかに過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したものと積極的に評価される場合には、当該取引の危険性の程度、その他当該取引がなされた具体的な事情如何によっては、私法上当該勧誘が違法と評価される場合があり得る。

(2) 原告の投資傾向

原告は、短期間に売買を繰り返して売却益を得ることを目的として証券投資を行っていたのであり、証券投資家の中でも特に投機的な投資傾向を有していた。この原告の投資傾向は、被告会社においての原告のワラント取引が概ね短期売買であることに加え、原告が自分で取引を決定したと主張する株式売買においても短期売買をしていたことから明らかである。

また、原告は証券雑誌「産業と経済」を購読していた。「産業と経済」は証券投資のみに関する専門誌であり、しかも特に扇情的・投機的な記事を売り物にする月刊誌である。多数の証券専門誌が販売されている中で、原告が「産業と経済」を選んで購読していたこと自体、原告が投機的な証券取引を指向していたことを示している。

株式取引に比べてハイリスク・ハイリターンであることを特徴とするワラント取引は、このような原告の投資目的にまさに沿ったものであったといえる。

(3) 原告の投資経験

原告は、「産業と経済」を定期購読し、さらに、他の証券雑誌や本なども購入するなどして、証券取引について研究していた。そして、昭和六二年八月に被告会社での取引を開始する以前に、二年ほど野村證券で自分で主体的に株式取引を行い、売買の判断をしていたのであり、被告会社において稲坂絹代口座で昭和六二年一二月二六日にNTT株を購入して以来、平成二年二月に藤田が原告の担当者となるまでも株式取引を継続していた。

したがって、原告は、ワラント取引を開始するまでに、ブラックマンデーと呼ばれる、日経平均株価が昭和六二年一〇月一四日の二万六六四六円四三銭から同年一一月一一日の二万一〇三六円七六銭まで一か月足らずで約五六一〇円、約二一パーセントも暴落した株式相場や、その後平成元年一二月二九日に日経平均株価が三万八九一五円八七銭まで高騰し、約二年間で約一万七八七九円、約1.85倍にも上昇したバブル経済期の株式相場や、平成二年一月初頭以来株式が急落して同年四月二日に日経平均株価が二万八〇〇二円七銭をつけ、三か月で約一万〇〇九一円、約二五パーセントも暴落した株式市場など、上昇も下降も含めた株式相場の大変動の中での株式取引を経験していた。

また、原告は、大和證券と和光証券においても株式取引を継続していた。

このような事情からすると、平成二年三月二八日に住友不動産ワラントを購入してワラント取引を開始する時点では、原告は、ワラント取引をするにふさわしいだけの十分な投資経験があったといえる。

(4) 原告の財産状態

原告の被告会社における預かり資産額は、平成元年六月一四日には、二四五九万六二三八円であり、最初の住友不動産ワラントの受渡日である平成二年四月四日には、一七〇七万四一九七円であった。しかも、原告は他の証券会社においても取引をしているわけであるから、証券会社に対する預かり資産をそれ以外にも所有していたはずである。また、原告は、約五〇〇坪の敷地の家屋に住んでいる。

したがって、原告にワラント取引を勧誘することが、原告の財産状態から見て明らかに過大な危険をもたらすとは到底いえない。

(5) 結論

以上の原告の属性に鑑みると、原告にワラント取引を勧誘したことが適合性の原則に違反することはない。

(三) 説明義務違反

(原告の主張)

原告は自宅の改築資金として蓄えていた金員によっていわば貯蓄代わりに上場の現株取引を行っていた一般投資家にすぎず、ワラントという商品が存在すること自体知らなかった者であり、このような原告に外貨建てワラント取引を行わせるについては、その仕組みやハイリスク性について原告が十二分に理解できるだけの高度な説明が要求されることは当然である。

ところが、本件では原告にワラント取引の仕組みやそのハイリスク性を十二分に理解させるだけの説明は何らなされていない。すなわち原告は、「現株についての適切なアドバイスをして欲しい。」との原告の依頼に応じて原告を担当するようになった被告会社の営業員である藤田からワラント取引を勧められ、平成二年三月以降、藤田及び館のもとで一二銘柄のワラント取引を行った。被告会社の従業員は、ワラントの商品構造、取引形態及びその危険性について全く説明することなく原告を勧誘して、原告にワラントを購入させた。殊に、十條製紙ワラント、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントについては、何故当該銘柄のワラントが投資対象として有望なのかを判断するに足る必要な説明が、当該銘柄の株価の上昇期待性という点以外に全くなされておらず、むしろ必要な判断材料が秘匿されていたとすらいえるのであり、原告に対する勧誘が「説明義務」を懈怠したものとして「違法」の評価を帯びることは明白である。以下詳述する。

「説明義務」違反の有無を検討するに際しては、十條製紙ワラント、大和證券ワラントで多額の損害を被った原告が、何故にワラント取引を継続したのかという点を考察することが不可欠であるとともに(一言でいえば、ワラントという商品のリスク性を全く認識していなかったからに他ならない。)、原告が損害を被った四銘柄のワラントが個別具体的にいかなるワラントであったのかを検討することが不可欠であるところ、ワラントの最大の魅力は「ギアリング効果」であり、原告も抽象的にはワラントの価格は株価に連動する旨の説明を受けているのに、実際に購入させられた十條製紙ワラント、神戸製鋼ワラントはそもそもギアリングしていないワラントであった。

次に、藤田や館はいずれも短期間で売却させることを前提に原告にワラント取引をさせているところ、プレミアムの大きい銘柄ほどギアリング効果が高いというのは、ある程度長期的な投資期間を仮定した場合にいえることであって、ごく短期間でみると、必ずしもプレミアムの大きな銘柄がギアリング効果も高いわけではなく、プレミアムが二〇以上であると、連動性が極端に低下する(このことは前記(一)(2)で指摘したとおりである。)。このような場合、株価が下落しないのに、プレミアムだけが減少して、ワラント価格が低下することがあるので注意を要するのに、十條製紙ワラント、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントは全てマイナスパリティ(プレミアム四〇以上の一〇〇パーセントプレミアム)のワラントであった。

また、ワラントの投資効率を測る指標としてプレミアム・ギアリング・レシオがあり、「プライスが三〇以下の銘柄の場合に、プレミアム・ギアリング・レシオは、四倍以下のことが望ましい」といわれていることは前記のとおりであるところ、十條製紙ワラント、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントはいずれも三〇ポイント以下であるのに、プレミアム・ギアリング・レシオが四倍以下におさまっているのは神戸製鋼ワラントだけであり、十條製紙ワラント、大和證券ワラントのプレミアム・ギアリング・レシオは一〇倍を越えていた。

さらに、大和證券ワラントについていえば、その購入は平成二年八月一〇日であるところ、この時期というのは一連の証券スキャンダルがマスコミでも大々的に報道された直後であるが、右証券スキャンダルの中核にいたのが大和證券であり、大和證券の株価は当然の如く急落を始めるのである。ワラントが株価と連動するものであることを理解した人間の中で、このような時期に大和證券ワラントを購入する者がいるであろうか。

短期保有型の原告が、ワラントの価格形成のメカニズムは複雑難解で、一定期間経過後には紙屑になる危険性の高い超ハイリスク商品であること、マイナスパリティ(一〇〇パーセントプレミアム)のワラントについてはそもそも株価とのギアリングが経験的にも理論的にも期待しえないこと、プライスが三〇ポイント以下のワラントのプレミアム・ギアリング・レシオは四倍以下が望ましいこと、こうしたことを正しく認識していれば、少なくとも十條製紙ワラント、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントを購入することなどあり得なかったのであり、右四銘柄を購入したこと自体が、原告が右に述べた点を全く理解していなかったこと、すなわち、藤田からも館からもワラント取引の仕組みについて何ら具体的説明を受けていないことを如実に物語っているといわねばならない。

(1) ハイリスク・ハイリターン性、権利行使期間についての説明の欠如

① 損を被った後のワラント取引の継続、権利行使期間の徒過

原告は十條製紙ワラント、大和證券ワラントによって多額の損害を被りながら、ワラント取引を継続しているのであるが、これはまさに原告がワラント取引のハイリスク性を正しく認識していなかったことの証左といわなければならないし、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントについて権利行使期間を徒過しているのは、権利行使期間を徒過すればワラントが紙屑になることを認識していなかったことの証左といわなければならない(原告は、権利行使期間を過ぎたら儲けることはできないが、元本の保証はあると誤解していたのであり、少なくとも一定期間経過後に紙屑になるなどとは夢にも思っていなかったのである)。

殊に藤田が勧誘したワラントはいずれも権利行使期間満了までかなりの余裕があり、また藤田は原告に購入したワラントを短期で売却させるつもりであって、権利行使など考えてもいなかったのであり、かかる観点からしても藤田が権利行使期間についての十分な説明をしなかったであろうことが容易に推測されるものといわなければならない。

② 権利行使期間の意味の説明の不十分性

ワラントには権利行使期間があり、期間を徒過するとワラントは無価値になる旨を説明したという藤田の供述どおりの説明がなされたとしても、それは権利行使期間の意味についての正しい説明とはいえない。

蓋し、権利行使期間の意味についての具体的説明が求められるのは、投資家に対しワラントが時間の経過とともに紙屑になるハイリスク商品であることを認識させるためであるが、ワラントが紙屑同様になるのは決して権利行使期間満了時ではないのである。すなわち、日本相互証券がワラントの気配値を発表するのは、各ワラントについて権利行使期間満了日の一年前までであるところ、権利行使期間満了までの残存期間の短くなったワラントはまともな値もつけられなくなり、ほとんど取引されなくなるのであって、このようにワラントにまともな値がつけられず、その取引が極端に減る時期は、権利行使期間満了の一年ないし二年前であるが、藤田によってかかる説明は一切されていない。むしろ、藤田は権利行使期間満了ぎりぎりまで一般的に売買できるものと誤解していたのである。この点についての事前の明確な説明がなかった以上、権利行使期間についての正確な説明がなされたとは到底いえない。

(2) 十條製紙ワラントで損失を出した原告へのリスク性の警鐘の懈怠

藤田は電話で原告にワラシト取引を行う意思決定をさせており、説明書も後日「読んでおいて下さい。」ということで郵送したにすぎず、説明書を使って面前でワラントという商品の説明をしたうえで、ワラント取引を行う意思決定をさせてはいないのであるから、仮に当初藤田がワラントという商品の説明をしていたとしても、原告が十分に理解していたのか否か大いに疑問があり、藤田としては原告に十條製紙ワラントの取引によって多額の損害が生じた段階で、原告の理解に問題があるのではないかということに思いを致し、ワラント取引の継続を勧誘するなら、改めて、ワラントのハイリスク性についてきちんとした説明を行うべきであったのであり、かかる説明をしなかったこと自体が「違法」の評価を帯びることになるというべきである。

なお、藤田がハイリスク性についての再度の警鐘を怠った以上、十條製紙ワラント以降のワラント取引、すなわち、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントの取引が全て「違法」の評価を帯びることはいうまでもない。館は、原告がワラントを十分に理解しているものと誤解して、ワラントの商品説明を改めてしていないのであるから、藤田のハイリスク性についての再度の警鐘の懈怠と日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントによる損害との間に因果関係があることも明白である。

(3) 価格形成のメカニズムについての説明の不十分性

① 価格の計算方法の説明の欠如、ポイントについての説明の誤り

ワラントの価格形成のメカニズムを知るためには、ワラントの価格及び当該価格がどのような計算によって算出されるのかを知ることが大前提となるのであるが、藤田や館がワラントの価格をポイントでしか説明していないことは明らかである。しかしながら、一ワラントの買付代金の計算式は以下のとおりであるところ、ここにいう「ポイント」とはワラントの券面額に対する割合的数字にすぎないのであって、ポイントを知っていても、社債券面額や実勢為替レートを知らなければ一ワラント当たりの買付代金を計算することはできない。

(計算式)

一ワラントの買付代金=社債券面額×実勢為替レート×ポイント÷一〇〇

被告会社の担当者が原告に対し、ポイントの意味、一ワラントの買付代金の計算方法を教えた形跡は皆無である。

むしろ、藤田はポイントの意味について「ワラントはポイントという単位で値段を表し、一ポイントがごく大ざっぱにいって三〇万円くらいである。」と説明しているが、かかる説明は極めて不正確である。このような説明を受けていたのであれば、原告は、11.5ポイントの住友不動産ワラントは約三五〇万円で、15.25ポイントの十條製紙ワラントは約四六〇万円で、一〇ポイントの大和證券ワラントは三〇〇万円で購入できると考えたはずであるが、実際の購入金額は、住友不動産ワラントが約四六〇万、十條製紙ワラントが約六〇〇万円、大和證券ワラントが約三七〇万円であり、いずれも右思惑を大幅に上回ることになるのであるし、外貨建てワラントの場合、仮に投資家がワラント価格(ポイント数)を知り得たとしても、買付時の為替レートと売却を検討する時の為替レートの調整をしなければ、売却により利益が出るか否か不明であるのに、ポイントが上昇すれば為替レートと全く無関係に常に利益が出るかのような誤解をすることになるのである。

② ワラントが常にギアリングするという説明の誤り

藤田も館もワラントの価格が株価と連動することを確固たるものと思っており、実際、藤田は「ワラントはおおよそ株価と連動しており、株式より値動きが大きい」、「ワラントは株式に比べてだいたい二、三倍の値動きになる」と原告に説明した。

しかしながら、ごく短期間でみると、必ずしもプレミアムの大きな銘柄がギアリング効果も高いわけではなく、プレミアムが大きすぎる場合は、株価が上昇しても、プレミアムが減少するだけで、ワラント価格が株価の上昇に連動して動かないことがあり、マイナスパリティ(一〇〇パーセントプレミアム)のワラントは、株価が上昇してもプレミアムが減少するだけでワラント価格は変動せず(ローリターン)、逆に株価が動いていないのにプレミアムが減少してワラント価格が急落する(ハイリスク)ことが往々にしてあることは前記のとおりである。

したがって、ワラントが常に株価に比し数倍の値動きをする旨の藤田や館の理解は誤りであり、原告に対するその旨の説明は誤情報の提供に他ならず、ワラントの価格形成のメカニズムを正しく説明したことにはならない。

③ パリティ(マイナスパリティ)についての説明の欠如

またワラントの価格はポイントで表示されるところ、ワラントの価格がその理論価値であるパリティと株価上昇に対する先高期待であるプレミアムとによって成り立つことは前記のとおりであり、ポイントもパリティとプレミアムが結合した数字なのであるが、ワラントの価格形成のメカニズムを知るためには、当該ワラントの価格における具体的なパリティとプレミアムの値を知ることが不可欠であるのに、藤田や館はプレミアムについてはともかく、パリティについては全く説明しておらず、原告は十條製紙ワラント、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントが大幅なマイナスパリティであることを全く知らなかった。

「パリティ」という概念についての説明をしないで、「プレミアムだけの値段」と説明したところで、原告において当該ワラントの理論価格(パリティ)について理解できるはずもなく、また具体的なパリティ、プレミアムの数値が示されない以上、プレミアムだけといっても、パリティがゼロなのか(この場合はポイント=プレミアムとなる。)、マイナスの値を示すのか(この場合、プレミアムはポイントよりも大きい。)を理解できるはずがない。

前記のとおり、住友不動産ワラントのパリティはマイナス33.4、十條製紙ワラントのパリティはマイナス35.3、大和證券ワラントのパリティはマイナス44.9、日本石油ワラントのパリティはマイナス35.3、神戸製鋼ワラントのパリティはマイナス40.7と、いずれも計算上、大幅なマイナスパリティの一〇〇パーセントプレミアム(しかもプレミアムは全て四〇以上)であるが、藤田も館も各銘柄のパリティの具体的な値はもとより、どれもマイナスパリティであること、またパリティの計算方法を原告に全く教えていないのである。

④ マイナスパリティについての説明義務を認める根拠

もちろん、パリティやプレミアムについての正しい認識が要求されるのは、ワラントの価格形成のメカニズム、より端的にいえば当該ワラントの投資効率(将来における価格の上昇期待性)を判断するためである。

そうするとワラントの場合、その価格は株価と連動するのであるから、その点のみを正しく認識していれば、パリティやプレミアムを知らなくても、株価に対する予測さえできればワラントの価格予想も可能なのであって、この点についての説明は不要であるとの議論もあり得よう。

しかし右議論は、ワラントの価格が常に株価と連動することを前提としたものである点で誤りであり、マイナスパリティ(一〇〇パーセントプレミアム)のワラントの場合、株価が上昇してもプレミアムが減少するだけでワラント価格は変動せず(ローリターン)、逆に株価が動いていないのにプレミアムが減少してワラント価格が急落する(ハイリスク)という、そもそもギアリングを期待できないワラントであることは前記のとおりである。

そうであれば百歩譲ってパリティ水準が高く株価との連動(ギアリング)を予測することが合理的なワラントについてはパリティ、プレミアムの説明は不要だとしても、そうではないマイナスパリティのワラントを(特に短期で売却させることを前提に)勧誘するに際しては、そのようなワラントを敢えて購入するのか否かを投資家に熟慮させるために、営業員にはその点を十分に説明する義務があるというべきである。

本件において、藤田や館は、ワラントが株価と連動する(ギアリング)する商品であることを前提にワラントの購入を勧誘しながら、十條製紙ワラント、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントが三〇ポイント以上のマイナスパリティであることを全く説明していないのであって、これが違法性を帯びることは明らかである。

(4) プレミアム・ギアリング・レシオの説明の欠如

① プレミアム・ギアリング・レシオについての説明義務を認める根拠

前記のとおり、ワラントの価格形成のメカニズム及び当該ワラントが計算上マイナスパリティである場合にその数値を具体的に説明する義務が認められる根拠は、特に短期売買を前提にした場合、マイナスパリティのワラントの価格は株価とギアリングしにくく、株価が当該ワラントが投資対象として有効であるか否かを判断する指標として機能しえず、そのようなワラントを敢えて購入するのか否か、投資者において右判断をするための資料が株価以外に必要となるからである。

しかしながら、パリティの計算式自体が難解であり、またポイントの意味が一般投資家に馴染みにくいことの当然の帰結として、パリティの意味も一般投資家にはわかりにくい(パリティとプレミアムとの関係も明瞭でない。)。

一方、ワラントにはその投資効率を測る指標としてギアリング・レシオ、プレミアム・ギアリング・レシオがあり、ギアリング・レシオの場合、数字が大きい方が良く、プレミアム・ギアリング・レシオの場合、数字は小さい方が良いと比較的わかりやすい指標であるから、営業員には、投資家に当該ワラントを購入するか否かを判断させるために、こうした指標についても説明する義務があるというべきである。

そして、十條製紙ワラント、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントのように大幅なマイナスパリティ(一〇〇パーセントプレミアム)のワラントの場合はギアリング・レシオではなく、プレミアム・ギアリング・レシオが説明されなければならない。蓋し、ギアリング・レシオにおいてはプレミアムが全く捨象されており、本件のような計算上マイナスパリティ(一〇〇パーセントプレミアム)のワラントの投資効率を判断する指標としては不適切だからである。

② プレミアム・ギアリング・レシオの説明の欠如

もとよりプレミアム・ギアリング・レシオによって判断される投資効率が良好な場合は敢えて営業員にこの点についての説明義務を課す実益に乏しい。

しかしながら、プレミアム・ギアリング・レシオが低いことはワラントの投資対象としての有効性を示し、プライスが三〇以下の銘柄の場合に、プレミアム・ギアリング・レシオは四倍以下のことが望ましいところ、原告が損を被った四銘柄はいずれも三〇ポイント以下のワラントであるが、そのプレミアム・ギアリング・レシオは、十條製紙ワラントが15.7、大和證券ワラントが10.7、日本石油ワラントが5.8、神戸製鋼ワラント3.1であり、四倍以下におさまっているのは神戸製鋼ワラントだけで、十條製紙ワラント、大和證券ワラントは実に一〇倍を超えていることは前記のとおりである。このように、特にギアリングがそもそも期待できないマイナスパリティのワラントの場合、株価によってワラントの価格の予測をするのは困難なのであって、パリティやプレミアム・ギアリング・レシオによってその投資効率を判断するしかない。

そうであれば、営業員としてはマイナスパリティのワラントの購入を勧誘する場合、投資家に対し、プレミアム・ギアリング・レシオの意味、三〇ポイント以下の価格のワラントにおいて、そのプレミアム・ギアリング・レシオが四倍を超える場合にはその具体的な数値をきちんと説明すべきであり、翻っていえば一〇倍を超えるような投資効率の劣悪なワラントを一般投資家に勧誘すべきではないのである。

しかるに藤田は、プレミアム・ギアリング・レシオが四倍前後が望ましいこと、十條製紙ワラント、大和證券ワラントのプレミアム・ギアリング・レシオが一〇倍を超えていることを認識していながら、この点についての説明を原告に全くしていないのであって、かかる勧誘が違法の評価を帯びることも明白である。

三〇ポイント以下のワラントのプレミアム・ギアリング・レシオは四倍以下が望ましいことを知っている人間の中で、一〇倍を超えるワラントを購入するような一般投資家など通常存しないことは明白である。

(5) ギアリングしていないワラントを推奨することの違法性

① 十條製紙ワラント

原告が十條製紙ワラントを購入したのは平成二年五月八日である。藤田によれば、十條製紙が非常にいい値動きをしていたので十條製紙ワラントを推奨したところ、十條製紙の株価は一旦七〇〇円台まで値下がりして、ワラントの方もそれに連動し値下がりしたが、株価の方は七月一五日位に一〇五〇円まで暴騰し、購入時の九〇〇円前後の株価を超えた。ところがワラントの方は株価に連動して値上がりすることなく、その後株価が下がるとワラントの方も下がっていったため、連動(ギアリング)しない十條製紙ワラントを「このまま持っていてもよくないんじゃないか」と考え、原告に売却を勧めたのである。

原告に十條製紙ワラントを購入させたところ、ワラント価格と株価がギアリングしなくなったこと(株価が上がってもワラントの価格が動かない)は以下に述べるとおり間違いないが、しかし十條製紙ワラントがギアリングしなくなるというのは藤田にとっても決して予想外の出来事ではなかった。

蓋し、十條製紙ワラントの価格は平成元年一月から二月にかけての段階で既に株価とギアリングしていなかったのである。かかる事実は証券会社の営業員、少なくともワラントの勧誘に携わる営業員には公知の事実であったことは明らかであり、藤田はギアリングしていない(少なくとも過去にギアリングしない時期のあった)十條製紙ワラントを原告に推奨したところ、原告の購入後、逆に株価が上がってもワラント価格は下がるという平成元年一月から二月と逆の形でギアリングしなくなっただけの話であり、そのことは証券会社の営業員である藤田には予測可能なことであったといわなければならないのである。なお、藤田には予測可能であったという主張は、単に過去にギアリングしていないのであるから、再度、ギアリングしなくなることを予測すべきだという単純な主張ではない。すなわち、十條製紙ワラントが平成元年一月から三月にかけて株価が下がっているのに、ワラント価格が上昇しているのは、プレミアムが異常に膨らんでいっているからに他ならない。そうであれば、異常に膨らんだ(膨らみすぎた)プレミアムが更に上昇するなどということを予測するのが極めて不合理であることはいうまでもなく(ポイントの高すぎるワラントは逆に敬遠される。)、株価が上がっても膨らみすぎたプレミアムが減少してしまうだけでワラント価格が上がらないということは容易に予測できるのである。これこそが合理的な判断であり、そのような予測すらできなかった藤田は、その程度のワラントの知識しか有していなかった者なのである。

② 神戸製鋼ワラント

神戸製鋼ワラントに至っては、館において、ギアリングしていないことを承知で原告に購入さたものである。

③ ギアリングしていないワラントを購入させたことの違法性

ギアリング効果(そしてその変形としてのレバレッジ効果)こそが、ワラント投資の中核をなす概念であることは改めていうまでもないことだが、少額の資金で大きな投資ポジションを約束するギアリング効果こそが、ワラントの投資理論の真骨頂であるところ、被告会社が顧客向けに作成した資料においても、「ワラントの価格は理論上、株価に応じて変動しますが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります」、「ワラントの価格は理論上、株価に連動しますが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります」とワラントのギアリング効果が唱われている。

しかし、藤田は、原告に対しギアリング効果を説明しているだけで、株価が上がってもワラントの価格が上がらず、逆に下がるといったギアリングしないワラントが存在することについては一言も触れていない。しかるに、このような説明をしておきながら、購入約一年前に既にギアリングしていない時期があり、しかもそれがプレミアムの異常な上昇によるもので株価が上がってもプレミアムが減少することによって再度逆の形でギアリングしなくなることが容易に予測される十條製紙ワラントや、購入時点で現にギアリングしていない神戸製鋼ワラントの購入を勧誘するが如きは、当初説明した効果を上げることをおよそ期待できないワラントの購入を勧誘する点で違法である。特に、多くの判例は、証券取引法五〇条一項一号及び五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令(昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号)一条一号が、証券会社又はその役員若しくは使用人は、有価証券の売買その他の取引に関し、断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめる表示をしてはならないものと定めていることから、「投資者が当該取引に伴う危険性について的確な認識形成を妨げるような虚偽の情報又は断定的情報等を提供してはならない」との義務を導いているところ、ギアリングしていないワラントを推奨することは、事前になされたワラントのギアリング効果に関する説明を全て故意に「的確な認識形成を妨げるような虚偽の情報」の提供としてしまうものであり、かかるワラントを勧誘した違法性は極めて大きいものといわなければならない。

もちろん、ギアリングしていないワラントについても、将来、ギアリングを開始しハイリターンが得られるケースもあるのかもしれない。しかし十條製紙ワラントや神戸製鋼ワラントの例から明らかなように、それはむしろ極めて稀なことというべきであり、またそのようなワラントが再びギアリングするようになるか否かの判断については、その銘柄の属するセクターや先高観やマーケットの雰囲気、需給関係に細心の注意を配る必要があるところ、原告にそのような細心の注意を配る能力がないことは明らかである。

ワラントの購入を一般投資家に勧めることに合理性を見出すとすれば、それが複雑難解な商品であるにもかかわらず、理論的にはその価格が株価と連動しており、比較的わかりやすい株価についての将来予測をすれば、ワラント価格についても将来予測をすることが可能であるからに他ならないのであって、株価によって価格を予測することのできないようなワラントの購入を勧誘することには、全く合理性が認められない。

神戸製鋼ワラントが株価が上昇しているのに、平成三年二月末に5.8ポイント、購入時点(平成三年三月初め)に4.5ポイントと急落しているのはプレミアムが大幅に減少しているからであって、神戸製鋼ワラントの権利行使期間が二年三か月しかないことと相まって、その先高期待に多大な不安を寄せることこそが合理的な判断であったことは明白で、館もその判断ができない程度のワラントの知識の持ち主だったのである。

(6) ビッドとオファーについての説明の欠如

① ワラント売買におけるビッドとオファー

昭和六〇年に国内に外貨建てワラントの取引が解禁された後も、しばらくの間は国内には全く取引市場が存在しなかったところ、平成元年二月に、参加業者がマーケットメークの義務を負う業者間マーケットが形成された。マーケットメークとは、ある銘柄についてビッド(買い注文)とオファー(売り注文)を一定のスプレッド(値幅)で出し、これらに対する反対注文に応じて一定量の範囲内で取引を成立させることであるが、ここでのビッド(証券会社の売値)とオファー(証券会社の買値)との差額が証券会社の手数料収入となる。平成二年一月二一日付日本経済新聞が「ユーロドルワラントは店頭市場で取引していれば、お客への売値と買値のサヤが証券会社の収入になる。現状ではワラントはこのサヤが最低1.5ポイント以上開いており、国債の十倍のサヤが確保できる。」と報じているとおり、通常、ビッドとオファーには1.5ポイントの開きがあった。

その後、業者間市場の仕組みは、日本証券業協会平成二年七月一八日理事会決議「外国新株引受権証券の売買・気配の発表などについて」によって一定の改正をみるが、マーケットメークとの関係は、一銘柄二社以上がマーケットメーカーとなり、各社二〇銘柄以上のマーケットメイクを担当する。マーケットメイクの際のビッドとオファーのスプレッドは原則的に1.5ポイントだが、ビッド価格が低い場合にはスプレッドも連動して低下し、仕切り値幅制限中値(ベストオファーとベストビッドの平均値)から上下0.75ポイントであって、ビッドとオファーに通常1.5ポイントの開きがあるという仕組みには変更はない。

② 館の神戸製鋼ワラントの勧誘の不合理性

しかるに原告が神戸製鋼ワラントを購入したときのポイントは4.5ポイントであるが、これはビッド(証券会社の売値)であり、ポイントが一ポイント上がって5.5ポイントになってもオファー(証券会社の買値)は四ポイントであって、投資家から見ればまだ0.5ポイントマイナスで、原告に利益が生じることはないのである。別言すれば、ビッドとオファーに1.5ポイントの開きがあることから、投資家はワラントのポイントが購入時から1.5ポイント以上上がらない限り、必ず損をする仕組みになっているのである。

館が原告に対し行ったとされる一ポイント上がれば利益が生じるかのような説明は、ビッドとオファーに1.5ポイントの開きがあることを無視し、原告に誤解を生ぜしめる不合理極まりない説明であり、やはり違法の評価を帯びるというべきであるし、そのような説明をしたこと自体、館がワラントの仕組みを十分に理解していなかったことを如実に物語っている。

③ ビッドとオファーに関する説明義務とその懈怠

翻って、ビッドとオファーの1.5ポイントの差が手数料相当分として証券会社の利益となるところ、これは株式売買手数料の最大が1.4パーセントとされていることに比し、数倍の利益を証券会社にもたらすものであり、まさにワラントが投資家を食い物にするものであることを端的に示している。投資家はワラントを購入せずに同じ銘柄の現株を購入していれば、ハイリスクを負わないというだけでなく、手数料も数分の一で済んでいたのであり、この点について投資家に説明することなく、ワラントの購入を勧誘すること自体が不合理である。

特にビッドとオファーがあることから、投資家は、購入したワラントの価格が1.5ポイントを超えて上がらないと利益を上げることができないのであるから、ワラントは本来は短期売買に適さない商品であるともいえるのであり、原告に短期売却を勧めておきながら、ビッドとオファーについての説明を避けるが如きは詐欺的であり、明らかに違法であるといわなければならない。

藤田や館が四銘柄の勧誘に際し、ビッドとオファーを事後的にでも説明したことは全くない。

(7) まとめ

以上のとおりであって、藤田及び館の勧誘行為は、①ワラントのハイリスク・ハイリターン性、権利行使期間の意味を何ら具体的には説明していないこと、②十條製紙ワラントによって多額の損失を被った段階で、ハイリスク性について再度警鐘を与えることを懈怠したこと、③ワラントの価格形成のメカニズム、特にギアリング効果が確固たるものでなく、本件各ワラントがマイナスパリティであることを説明していないこと、④プレミアム・ギアリング・レシオの意味、特に勧誘を勧めるワラントの中に四倍を超えるワラントがあることを説明していないこと、⑤ワラントがギアリング効果を前提にしたハイリターン商品であることを唱い文句に、その取引を勧誘しておきながら、十條製紙ワラント、神戸製鋼ワラントのようにギアリングしていないワラントを勧誘していること、⑥ビッドとオファーに関する説明が全くなされていないこと(特に神戸製鋼ワラントについてはビッドとオファーを無視した誤った勧誘がなされていること)の諸点から違法である。

(被告会社の主張)

(1) 説明義務について

証券の価格が自由競争による市場で決定される以上、投資判断が本質的に不確実性を持ち、不可避的に将来の予測にかかり、リスクの存在を免れないことはいうまでもない。そして、証券投資における自己責任の原則は顧客の投資判断にも及ぶから、証券投資をする顧客は、自分の好みにより、自分の得たい利益と被る可能性のあるリスクを勘案した上で、自分の責任で投資判断をすべきである。この際、顧客がどの程度の質や量の情報をもとに投資判断をするかも、顧客自身が決定すべきことである。すなわち、原則的には、顧客は、投資判断に際して、自分が投資判断をするについて納得のできる範囲の資料を自力で収集すべきなのである。したがって、証券会社は、顧客がどのような種類のどのような範囲の情報を得れば納得するのかを知る由もないから、顧客の求めに応じてサービスとして投資に関する資料を提供することは別として、一般的に顧客に対する説明義務を負うことはない。

ただ、証券会社が事実上顧客よりも証券に関する情報や知識の点で優位に立つ場合が多いことから、例外的に、証券会社は、顧客の属性に照らして、投資意思の決定に重要な、当該取引に関する危険性についての正当な認識を形成するに足りる情報を提供すべき義務を負うことがある。すなわち、顧客の属性から、顧客が自分の被る可能性があるリスクに気づかない場合に、証券会社が顧客にリスクの存在を説明して警告することが取引上の注意義務とされる場合があり得るのである。

本件の場合、原告が比較的その特質が一般的に知られていなかった外貨建てワラントを購入した事案であることを考慮しても、前記(二)において指摘した原告の属性に照らすと、被告会社が説明義務を負うことはほとんどないか、仮にあるとしても、相当抽象的な危険性の告知で足りるというべきである。

(2) ワラントの説明について

仮に、被告会社が原告に対しワラント取引の危険性を告知する義務を負うとした場合、本件において、被告会社が何を原告に説明すべきかが問題となる。

証券会社が顧客にワラントの説明をすべき理由は、顧客に投資判断の前提としてワラントのリスクの認識を与えるためである。とすれば、原告のように自ら証券専門誌を講読し、株式売買の経験もあるような顧客に対し、証券会社が説明すべきは、①ワラントが行使期間内に、権利行使価格で、一定量の新株を引き受ける権利であること、②ワラント価格は基本的に株価に連動するが、一般的にその変動率は株式に比べて大きくなる傾向があること、③ワラントに権利行使期間があり、右期間経過後はワラントは無価値となることの三点で足りる。

(3) 説明義務に関する原告の主張に対する反論

① 原告は、その立論の前提として、原告が購入した本件四銘柄のワラントのプレミアムが高すぎ、原告がこのようなプレミアムの高いワラントを買ったこと自体が被告会社の説明義務違反を示していると主張する。

しかし、そもそもワラントの価格もそのプレミアムも自由競争による市場の価格形成力により決定されるものであり、将来の相場の動向は誰にもわからないことが自由競争による市場の前提である。そして、あるワラントのある値段を安いと考えて買いたい人の買値と、その値段を高いと考えて売りたい人の売値が一致しているからこそ、そのワラントにその価格がついている。したがって、原告が購入したワラントの価格、プレミアムが高すぎるという原告の主張は、市場原理によりワラント価格が決定されるという事実を無視したもので、妥当でない。

また、原告が本件ワラントを購入するについては、ワラントの業者間取引の気配値の中値から一定の期間内での売値が被告会社から原告に提示されている。そして右中値は、日経新聞にも掲載されているし、各証券会社等のクイックと呼ばれる端末でも見ることができるし、被告会社に問い合わせればいつでも回答していたから、原告はこれを容易に知ることができた。原告のワラント買付価格はあくまで市場の価格形成力により決定された価格なのである。

原告の、原告がワラントを買ったこと自体が被告会社の説明義務違反を示しているという主張は、証券投資における自己責任の原則を全く放擲した暴論である。原告は、本件ワラントの売却益を得ることを目的に、本件ワラントを購入したのである。

② また、原告は、証券会社が顧客に対し、ワラントのパリティやプレミアムの数値や、プレミアム・ギアリング・レシオ等のワラントの投資尺度をも説明する法的義務を負うと主張するようである。

しかし、証券会社が顧客にワラントの説明義務を負うことがあるのは、ワラントのリスクの存在を警告するという趣旨からである。ところが、ワラントの価格の最も大きな決定要素は、その銘柄の株式の先高感、及びワラント市場全体の相場見通しなのであるから、原告主張の数値や指標が投資判断の決定的要素となることはない。また、これらの数値は、刻々と相場の動きによって大きく変動する。したがって、これらの数値や指数が、顧客がワラント取引をすべきかどうかを決定するに当たっての顧客に警告すべきリスクの内容とは到底いえない。

また、たとえば、株式取引について、株式分析のための指標として、利回り、PER(株価収益率)、PBR(株価純資産倍率)、ROE(株主資本利益率)など多数の投資尺度があるが、証券会社が顧客に対し、これらの数値について説明義務を負うとは到底考えられない。ワラントが株式よりリスクの大きい商品であるとしても、株式派生商品であるワラントについての投資尺度までを顧客に説明すべき義務が証券会社にあるとも考えられないのである。

さらに、ワラントの投資尺度としては、株価の価格変動性や収益率など、プレミアム・ギアリング・レシオの他にも多数のファクターがある。また、株式相場、ワラント相場の予測に当たっても、国内の景気や企業業績、金利や為替の動向、市場の需給関係、海外市場の動向など多数のポイントがある。そして、投資に当たって、どの視点を重視するか、どの投資尺度を重要視するかは、顧客の好みや投資傾向と関連した、まさに顧客個人の投資判断の問題である。

③ また、原告は、証券会社が顧客に対しビッドプライスとオファープライスを説明する法的義務があると主張するようである。

しかし、ビッドプライスとオファープライスの差は、証券会社と顧客とのワラント取引が相対取引によることに基づく売買手数料相当額のようなものであって、顧客がワラント取引をするかどうかを決定する際に決定的なリスクとなるようなものではない。

そして、顧客は前記のとおり公表された業者間取引の中値を容易に知ることができるところ、ビッドプライスとオファープライスの範囲の上限は、右中値から日本証券業協会の理事会決議で決定されている。また、周知のとおり証券会社各社は熾烈な競争をしているところ、右理事会決議の範囲内で、各証券会社のビッドプライスとオファープライスも自由競争により合理的な価格に設定されている。

したがって、原告のこの点の主張も妥当でない。

(4) 本件におけるワラントのリスクの説明

藤田は、平成元年一一月頃から、当時原告の担当者であった萩原に頼まれて、原告が被告会社に来店したときに面談したり、月に二、三回は原告に電話したりして、原告の株式投資に関する相談に応じたり、証券投資に関する話をした。その間、藤田は、原告の値動きの大きい証券を好む投資傾向や、原告が株の話が好きであることを知った。

平成二年二月に、原告の希望もあって、原告担当者が萩原から藤田に代わった。そのころ、原告が被告会社の店頭に来たときに、藤田は原告に、担当者が交代する旨の挨拶をしたが、その折に、「ワラント取引のあらまし」を示して、ワラントが新株引受権であること、ワラントの価格は基本的には株式に連動して動くが株価に比べて値動きが大きいこと、ワラントには権利行使期間があってその期間を過ぎると価値がゼロになること、ワラントの多くが外貨建てであること、ワラントが相対取引になることなどの説明をした。

また、藤田は、原告の依頼に応じて、夜電話連絡をした際にも、数回にわたってワラントの一般的な説明をした。その結果、原告は藤田にワラント取引を開始したい旨の意向を伝え、具体的な銘柄の選択を依頼した。

藤田は、原告の依頼に応じ、平成二年三月二七日の夜、原告に対し、電話で住友不動産ワラントの案内をした。そして、住友不動産ワラントが良いと考える理由や、住友不動産ワラントの価格、権利行使期間、権利行使価格等の具体的な説明をしたところ、原告は住友不動産ワラントを購入したいと言った。そこで、藤田は、ワラントがリスクの高い商品であることから、「外国新株引受権付証券(外貨建てワラント)取引説明書」を読んで「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名してもらうことと、「外国証券取引口座設定約諾書」に署名して外国証券取引口座を設定することが必要である旨原告に説明した。すると、原告は、すぐに書いて送るからと返答した。

翌三月二八日、藤田の発注により原告は住友不動産ワラントを11.5ポイントで買い付けることができた。そこで、藤田は、原告に渡すべき書類を速達で送付するとともに、住友不動産ワラントの買付けができた旨を原告に報告し、買付代金の不足金を入金してくれるよう原告に依頼した。

これに応じて、原告は、署名捺印した「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」及び「外国証券取引口座設定約諾書」を速達で被告会社に送付し、これらの書類は同年四月三日に同支店に到着した。さらに、原告は、同年四月四日にワラント買付代金の不足金二四六万三〇五四円を被告会社に振込送金した。

住友不動産ワラントの買い注文成立の翌日、被告会社は、取引報告書とともに、「『ワラント取引』のご案内」を原告に送付した。この書面は、被告会社においてワラント取引をする顧客全員に、ワラント取引を行うたびに取引報告書とともに必ず送付されることになっているものである。さらに、原告は、被告会社から毎月一回、保有ワラントについての買付単価や権利行使期間の記載された月次報告書を受け取り、その内容を確認した旨の回答書に署名捺印してそれを被告会社に返送している。

また、平成三年二月末以降は、原告は、三か月に一度、「新株引受権証券(ワラント証券)時価評価のお知らせ」と題する書面を被告会社から受け取っている。

以上のように、藤田ないし被告会社は、原告に対し、原告がワラント取引のリスクを認識するに足るだけの説明を尽くしているのである。

(5) 十條製紙ワラントについて

原告は、十條製紙ワラントを購入する以前、平成二年四月一九日に住友不動産ワラントで投資金額四五六万二六二五円に対し二二日間で一六万一六六〇円の売却差益を上げ、同年五月八日には大同特殊鋼ワラントで投資金額四九三万四三七五円に対し一四日間で三八万五四九三円の売却差益を上げた。このことはワラント取引が成功すれば投資効率が良いことを示している。また、原告ほど経験のある投資家が、リターンが大きければリスクも大きいことを認識していなかったとは到底考えられないから、原告は十條製紙ワラントを購入する時点でワラントの値動きの大きいことを身をもって経験していたといえる。

この点、原告は、十條製紙の株価の急騰急落にワラントの価格がそれほど反応しなかったことを理由に、藤田がギアリングしていないワラントを勧めたと主張する。

しかし、右の経緯においても、基本的には十條製紙の株価とワラントの価格は連動しているのであり、だからこそ、十條製紙の株価の下落とともにワラントの価格も下落してしまったのである。

そもそも、ワラントの価格はプレミアムとパリティの和として理論的に株価と連動している。ある程度の時間をおいて見ればワラントの価格は株価と連動するよう収束するが、相場におけるある一時点の局面において理論どおり株価とワラント価格が連動するとは限らない。本件十條製紙ワラントが十條製紙の株価が急騰したときにそれほど反応しなかったのは、このような例外的事態であった。株式相場においてもワラント相場においても相場にはいろいろな事態があるところ、例外的な事態まで含めて、あらゆることを説明することは不可能である。したがって、十條製紙の株価急騰時にワラント価格が反応しないこともあり得ることを藤田が事前に説明しなかったことが説明義務違反になるとは到底考えられない。

また、原告は、平成元年一月から三月にかけて十條製紙の株価が下がっているのに十條製紙ワラント価格が上昇しているのは、プレミアムが膨らみすぎているのであるから、原告が十條製紙ワラントを購入する時点ではプレミアムが減少するだけでワラント価格が上がらないことを予測すべきである旨主張する。

しかし、この主張は、平成元年一月から三月頃と原告が右ワラントを購入した平成二年五月との間に相場の急騰急落があった相場環境の違いや、十條製紙株価及びワラント価格の変化を考慮に入れない暴論である。現に、権利行使期間満了日が原告が購入したワラントより約半年早い平成四年八月二八日である十條製紙ワラントの価格が、平成元年三月三日の時点で45.75ポイントであったのに対し、原告が購入したワラントの価格は15.25ポイントなのである。かかる相場環境、株価、ワラント価格の変化を無視した原告の主張は全く合理性がない。

2  原告の損害とその額

(原告の主張)

(一) 損害額

原告は、被告会社との間で一二銘柄のワラント取引を行った結果、住友不動産、大同特殊鋼、住友重機、阪和興業、三菱金属、オリエントコーポレーション、丸紅、三菱自動車の各ワラントについてはそれぞれ短期間で売却することにより若干の利益を出したが(右八銘柄の利益合計は二一五万四五一三円)、十條製紙、大和證券の各ワラントについては比較的長期間保有した結果、また日本石油、神戸製鋼の各ワラントについては権利行使期間を徒過した結果、それぞれ二〇〇万円を超える多額の損害を被った(右四銘柄の損害額合計は一〇七七万四九九二円)。そこで、原告は、十條製紙、大和證券、日本石油、神戸製鋼の各ワラント取引によって被った損害額とその余のワラント取引によって得た利益との差額八六二万〇四七九円について、内金五〇九万四六六五円の損害賠償を請求する。

(二) 過失相殺の是非

(1) ワラント被害について過失相殺法理を適用することの不当性

民法七二二条二項による過失相殺については、その「過失」は、不法行為の成立要件のような厳格な意味での注意義務ではなく、一般には単なる不注意でよいとされており、ワラント被害における投資家勝訴の判例においても、投資家の側にも損害の発生及び拡大について同等の過失があるものとして高額の過失相殺をなす傾向がみられる。

しかし、この場合に不注意、ましてや過失など投資家の側に存するといえるであろうか。不当な勧誘に際して、それを拒絶せずに応じたことを不注意とすることが妥当とは思われない。蓋し、投資家の側に相当の注意を払って不当勧誘に応じない義務など認められないからである。一方で証券取引法等が禁止し、私法秩序全体の観点からみて容認できない不当勧誘があったのに、この点を軽視してその勧誘にのせられた投資家に対して過失ありとする議論がそもそも成り立ち得るのか疑問である。ワラント取引に関する不当な勧誘がまずあったのであり、そのような勧誘がなければ投資家がワラント取引を行うことはなかったという事実が重視されなければならない。

殊に、平成二年七月頃に発覚した証券スキャンダルで明らかになったことであるが、証券会社が大口顧客に対し一六〇億円もの損失補填をなすに際しては、相対取引で行われ、市場が未整備で値動きも大きいワラントが利用されていたのであり、また、大蔵省はワラント価格形成の不透明性を改善しようと、東京証券取引所への上場を目玉に市場改革に乗り出したものの、「ワラントが東証に上場すれば証券会社の収益は半減する」ことに危機感を持った国内証券会社の反対により、大蔵省は、結局、平成二年二月二二日に業者間売買を日本相互証券に集中するという「妥協」をせざるを得なかった。要するにワラント被害の拡大に歯止めがかからなかったのは証券会社のエゴによるものといっても過言ではないのであり、一方で証券会社はビッドとオファーに1.5ポイントの開きを維持することによって株式の場合の数倍の手数料相当分の利益を上げてきたのである。

かかるワラント被害に過失相殺の法理を持ち込むことが、その法理の基底にある「公平」の理念に合致するものとは到底思われない。

(2) 特に本件で過失相殺を行うことの不当性(権利行使期間徒過の評価)

本件において藤田や館がワラントのハイリスク・ハイリターン性、権利行使期間の意味、ワラントの価格形成のメカニズムについての具体的な説明をしていないことは前記のとおりであり、そこに原告の不注意を見出すことは困難である(判例の中には「内容を理解できないまま安易に危険な取引をすることを承諾した点に原告の過失がある。」と判示するものがあるが、これは矛盾である。原告は内容を理解できなかったからこそ安全な取引と考えたにすぎない)。

特に原告が損害を被った十條製紙ワラント、大和證券ワラント、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントは全てマイナスパリティ(一〇〇パーセントプレミアム)であり、プレミアム・ギアリング・レシオが一〇倍を超える銘柄があったり、株価と連動する(ギアリング)する旨の説明を受けているのに、実際には購入時点で既にギアリングしていないワラントが存するなど、将来、価格が上昇することを予測するにつき余りにも疑問の大きいワラントを購入させられているのであり、しかも原告はこうした本件ワラントの固有の問題点について藤田や館から全く説明を受けていないのであって、そこに不注意など存しないことは明白である。

過失相殺との関係で唯一問題となり得るのは、原告が価格が下がっていることを認識しながら、日本石油ワラント、神戸製鋼ワラントについて権利行使期間を徒過させてしまっている点である。

しかしながら、前記のように、原告は権利行使期間を徒過すればワラントが紙屑になることを知らなかったし、藤田から電話で説明を受けていたとしても原告には理解できなかった。権利行使期間の意味を理解するための資料が原告に送付されたこともない。すなわち、購入翌日に一回だけ発送される「取引報告書」には右上に権利行使期間の記載欄があるが、その意味については全く記載されておらず、逆に購入後、年に四回発送される「新株引受券証券(ワラント証券)時価評価のお知らせ」には裏面に「権利行使期間後にはその価値を失います」との記載があるが、ここには逆に権利行使期間の記載がない。権利行使期間の意味を知らない以上、全く異なった時期に別々に送付されてくる書面を突き合わせてその意味と具体的期間を確定しようとする投資家など存在するはずもなく、一見して権利行使期間の意味と具体的を確定できるような資料は原告に何ら送付されていないのである。

そして、原告がワラントが紙屑になることを初めて知ったのは、権利行使期間満了前約一年頃に野尻支店長から価値が「ゼロになってしまう」との説明を受けた時が初めてであるところ、この時点では既に日本石油ワラントも神戸製鋼ワラントも紙屑同然になっていたのである。

このようにワラント価格が下落していくことを認識していたといっても、当初、原告はワラントが紙屑になる商品だということを認識していなかったのであり、一般に証券などの相場商品について予期に反した損失を被った場合、相場の回復を期待してこれを保有し続けるという態度には、一般投資家の心理としてやむをえない面があることを考慮したとき、権利行使期間を徒過させたことについて過失相殺を行うことは妥当でないというべきである。

証券取引における基本原理である自己責任の原則は、証券会社が一般投資家に対し、自己責任を負えるだけの判断材料を提供し、投資条件を整備して初めて妥当するものであるところ、必要な判断材料が何ら提供されておらず、むしろ秘匿されている本件においては、自己責任の原則がその前提を欠き、妥当しないものであることは明らかであり、安易な過失相殺は行われるべきでない。

第三  争点に対する判断

一  本件取引等に関する経過について

前記第二の一3の当事者間に争いのない事実に、証拠(乙第一の一、二、第二ないし第五、第一四の一ないし一三、第一五の一ないし六、第一六ないし第一八、第一九の一、二、第二〇、第二一の一ないし七、第二二の一ないし二九、第二三の一ないし三、第二八、第二九の一、二、第三〇ないし第三四、第三六、第三七、第四一の一、二、証人藤田陽一、同館勝、原告本人)及び弁論の全趣旨により認められる事実を総合すると、次のとおりとなる。

1  原告の経歴

原告は、昭和二〇年七月一八日に出生し、昭和三九年三月に高校卒業した後、神戸製鋼に一年ほど勤務し、その後、昭和四〇年九月から義理の叔父が経営する稲坂歯車製作所に入社した。同社は自動二輪車や自動車の歯車部品の製造を主とするが、原告は、工作課の課長を経て平成六年四月頃から技術課の課長に就任し、現在に至っている。これまで営業や経理の仕事の経験はない。給与は、平成七年三月の時点で手取月額二七万円程度であった。

2  株式取引開始の契機など

原告は、株式の利殖性について興味を抱いたことから、昭和六一年頃、野村證券姫路支店の店頭に赴き、同店を通じて株式取引を行うようになった。野村證券において行ったのは一部上場の株式の現物取引のみであったが、原告は、証券雑誌「産業と経済」等を講読しながら自分なりに株価動向を判断し、同支店の従業員に相談することなく株式売買の注文を出した。しかし、結果的には利益は上がらず、一〇〇万円ほどの損失を出した。

3  被告会社における原告の取引状況(ワラント取引以前)

右2のような経緯で株式取引では余り利益が上がらないと考えた原告は、新聞の広告などで「トップ」という名称の投資信託に着目し、それを扱っている被告会社に問い合わせをした。それを契機に、原告は、昭和六二年八月一三日、妻の稲坂絹代名義で被告会社に保護預り口座を開設し、被告会社を通じての投資信託や株式売買の取引を開始した。その後、昭和六三年七月二七日には、原告自身の名義でも保護預り口座を開設し、取引を行うようになった。

原告の被告会社における株式などの取引も、前記証券雑誌等で原告なりに株式相場の動向等を研究し、証券会社の担当者の判断に頼ることなく、原告自身の判断で株式の売買の注文を出すのが一般であった。そして、特に前記「産業と経済」を参考にし、その中で投機性の強い「仕手株」として紹介されていた日本化学や京三製作所等の値動きの激しい銘柄をあえて選び、株式投資のリスクを承知の上で取引を行うことも少なからずあった。また、藤田が原告の担当となった後、平成二年二月には、藤田の勧めもあって、店頭登録株であるオーケー食品工業株や日特建設株の店頭取引を行ったこともあった(店頭取引とは、証券取引所を通さない顧客と証券会社の相対売買のことであり、市場性が薄く、値段が大きく変動することもあるため、店頭取引を始めようとする者は、その内容を確認し、自己の判断と責任において店頭取引を行う旨の承諾書を差し入れることになっている。)。

さらに、原告は、これらの株式の現物取引と並行して投資信託も継続して行い、また、平成元年一二月から平成二年二月にかけては、金地金の売買取引を行ったこともある。

(なお、原告は、本件ワラント取引を含むこれら投資に充てた金員は自宅の改築資金としての蓄えであって、損失を被ることは許されない性質のもので、あった旨供述するが、原告は、昭和六一年頃から開始した右一連の株式投資の最中である昭和六二年頃に既に自宅の改築を行っていること、原告が手持の現金を次々と株式取引などに出資し、時にはリスクを承知の上で投機性の強い銘柄の株式取引にも投資していることなどに徴すると、原告の右供述部分を直ちに採用することはできない。)

4  ワラント取引の開始

ところで、原告は、右株式取引の際、被告会社の従業員に対して株式相場の動向や有望銘柄の情報についての相談を持ちかけることがあったが、当初の原告の担当者(萩原という女子社員であった。)が株式の情報に余り詳しくなかったため、平成元年一一月頃から萩原の代りに藤田が事実上原告の相談に応じていた。

平成二年二月に原告の要請により正式に原告の担当となった藤田は、それまでの原告との応対の中で、値動きの激しい株式取引を好む原告の投資傾向や被告会社における原告の預かり資産が平成元年度は多いときで約二五〇〇万円、藤田の引継ぎ時でも約一七〇〇万円あり、比較的投資資金に余裕があるように見られたことから、原告にワラント取引を勧めることを考えた。

そこで、藤田は、同年二月に原告が来店した際、萩原とともに担当者交代の挨拶をした後、「ワラント取引のあらまし」という題名のパンフレットを示しながら、原告に対しワラントの一般的な説明をするとともに、ワラント取引により短期間で顧客が儲けた具体例を匿名で紹介した。しかし、損失を被った具体例は紹介せず、どちらかといえばワラントの利殖方法としての有利性を強調した説明を行った。なお、藤田が示した「ワラント取引のあらまし」では、①投資者は、ワラントの取得価額の他に、行使価額に引受株数を乗じた価額を追加払込みすることによって新株を引き受けることができること、②新株を引き受ける代りにワラントを転売してワラント自体の値上がり益を得ることもできること、③ワラントの価格は理論上株価に応じて変動するが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があること、したがって、株式を売買するよりも少額の資金を投下するだけで、株式を売買した場合と同様の投資効果を上げることも可能だが、その反面、値下がりも激しく、場合によっては投資金額の全額を失うこともあること、④ワラントは期限商品であり、権利行使期間が終了すれば、その価値を失うという特質を持っていること、⑤外貨建てワラントの場合、その価格は為替相場の変動の影響を受けること、その他、ワラント売買の方法の概要や外貨建てワラント取引の方法などが紹介されていた。

その後も藤田は、有望株の情報等の提供のため夜八時以降に原告の自宅に三、四回ほど、一〇分ないし二〇分間程度の電話を入れた際に、ワラント取引への勧誘を行った。すると原告は、次第にワラント取引に興味関心を示すようになり、藤田に購入するワラントの選択を依頼するまでになった。

そこで、藤田は、住友不動産ワラントを原告に勧めようと考え、平成二年三月二七日の夜、原告宅に電話して、住友不動産ワラントの購入を勧誘した。藤田が住友不動産ワラントを勧めたのは、住友不動産の企業業績が非常に良いにもかかわらず、株価相場全体の急落につれて住友不動産の株価及びワラント価格も下落しており、住友不動産株価の反発上昇とそれ以上の割合でのワラント価格の上昇が見込まれたためであった。そして、藤田は、住友不動産ワラントの具体的数値を挙げてワラントの投資効率の良さを強調し、また、住友不動産の行使期間が約三年半であることも一応原告に告げたが、それも売却利益を上げる機会を得るのに十分な期間であることを強調した言い方であった。

藤田の説明を電話で聞いた原告は、直ちに住友不動産ワラントを買い付けたい旨藤田に表明した。そこで、藤田は、ワラント取引を始めるときはワラントの説明書を読んでその内容を確認した旨の確認書に署名捺印する必要があること、また、外国証券取引口座設定の約諾書にも署名捺印する必要があることを原告に伝えたところ、原告は郵送してほしい旨答えた(なお、この時点で原告は、少なくともワラントがドル建てであること及びワラントに四年ないし五年の権利行使期間があることは理解していた。)。

その翌日である同月二八日、藤田は、住友不動産ワラントの買付注文を出し、11.5ポイント(四五六万二六二五円)で買うことができた。そこで、藤田は、総務課の係員にワラント取引開始に際しての必要書類を原告宅に郵送するよう依頼し、同日夜、原告宅に電話して、住友不動産ワラントを買い付けることができたこと、必要書類を郵送したこと、買付けに当たっての不足金二四六万三〇五四円を入金してほしい旨を原告に伝えた。

原告は、「外国新株引受券証券の取引に関する確認書」(以下「ワラント取引確認書」という。)及び「外国証券取引口座設定約諾書」に署名捺印して被告会社に速達で返送し、これらの書類は同年四月三日に被告会社に到着した。また、前記不足金二四六万三〇五四円も同月四日に被告会社に振込送金した。

なお、原告が署名捺印したワラント取引確認書の内容は、原告が、被告会社から受領した社団法人日本証券業協会作成の「外国新株引受券証券(外貨建てワラント)取引説明書」(以下「ワラント取引説明書」という。)の内容を確認し、原告の判断と責任において外国新株引受券証券の取引を行うというものであった。また、右「ワラント取引説明書」の内容は、概ね前記「ワラント取引のあらまし」と同一であるが、それをより詳細にしたものである。

(なお、以上の点に関して、原告本人は、オーケー食品株の取引で若干の利益を上げた後頃、自宅に藤田からワラント取引を勧める電話が二、三回あり、一回の通話時間は一〇分から二〇分ほどであったが、藤田から「ワラントは一ポイント二ポイントが二日三日で上がり、三〇万、四〇万という金が短期に儲かる。だからワラントをしなければ儲からない」などと話を持ちかけられ、そんなに儲かるものなら一度やってみようということでワラント取引を始めたのであり、ワラントの内容も、ポイントの意味も、ワラント価格の算定方法も、ワラントの時価と株価の関係についても一切説明を受けていない。また、購入するワラント銘柄についても藤田は「自分に任せてほしい。本店のワラント専門員がちゃんとしたものを買うので。」などと説明し、住友不動産ワラントも原告の承諾なしに藤田が銘柄を選んで買ったのであって、原告は藤田から指示されるままに不足金を入金しただけである旨供述する。

しかし、ワラントという、顧客である原告が初めて耳にする商品を勧めるのに、藤田がワラントの内容を全く説明することなく勧誘するとは通常考え難いのみならず、原告は、それまで前記のとおり様々な利殖商品を自分なりに調べて投資していたのに、ワラントという商品内容についての説明を全く受けないまま四五六万二六二五円という原告にとって決して少なくない購入不足金を被告会社に振込入金するのは不自然である。したがって、藤田証言と対比しても原告の右供述部分は直ちには採用し難い。もっとも、原告の供述内容は、藤田のワラントに対する説明内容が上記「ワラント取引のあらまし」に記載されたことを一通り述べたにせよ、前記のとおりワラント取引の有利性を強調しながらのものであったので、その部分について原告の印象が特に強く残ったためとも考えられる。)

5  原告と被告会社間のワラント取引の経緯(大和證券ワラント売却まで)

原告は、住友不動産ワラントを購入した約三週間後である同年四月一九日に売却して一六万一六六〇円の利益を上げた。そして、同月二四日に大同特殊鋼ワラントを四九三万四三七五円で購入した。これらのワラントの売買もいずれも藤田が銘柄を選択して原告に勧め、原告がこれに応じる形で購入注文を出したものであった。

その後、大同特殊鋼ワラントの売り時を見計らっていたところ、同年五月八日になって約四〇万の利益を上げるまでに価格が上昇したので、藤田が原告に連絡すると、原告は、藤田に大同特殊鋼ワラントを売却するよう指示を出し、それとともに、何か良いワラント銘柄があったら教えてほしい旨藤田に要望した。そこで藤田は、十條製紙ワラントを有望銘柄として原告に購入することを勧めた。藤田が十條製紙ワラントを勧めたのは、十條製紙株が前月にかなり値下がりしたが、少しずつ買いが入り、値が戻る傾向にあったので、ワラント価格もそれに連動して短期間で値上がりするのではないかと考えたためであった。

藤田の説明を聞いた原告は、大同特殊鋼ワラントの売却代金で十條製紙ワラントを購入するよう藤田に頼んだ。しかし、当時の十條製紙ワラントの価格が六〇二万七五六二円であったのに大同特殊鋼ワラントの売却価格は五三一万九八六八円であったため、七〇万七六九四円金額不足となった。そのことを藤田から聞いた原告は、当時保有していた日特建設の株式を売却し、その売却代金一六七万五三三〇円の内金で十條製紙ワラントの購入代金の不足額に充当することにした。原告は、このような資金手当をして、同年五月八日、十條製紙ワラントを購入した。

ところが十條製紙ワラントに関しては、藤田の予想に反して、ワラント購入当時約九〇〇円であった株価がその後また七〇〇円台まで値下がりし、ワラント価格も株価に連動して値下がりしてしまった。もっとも、株価の方は、同年七月一五日頃にいったん一〇五〇円まで高騰したが、ワラント価格の方は余り値上がりせず、結局、七月一五日以後の株価急落とともにワラント価格も下落してしまった。十條製紙ワラントの価格の変動について絶えず藤田から報告を受けていた原告は、心配の余り被告会社に来店して藤田と相談し、株価の急騰にもかかわらずワラント価格が上昇しなかったことで保有を続けても利益を得る見込みは薄いとの藤田の助言に従い、同年八月一〇日、十條製紙ワラントを三七三万三七六五円で売却した。その結果、原告は、十條製紙ワラントの取引に関し、二二九万三七九七円の損失を被った。

原告は、十條製紙ワラントで多額の損失を被ったことから、いったんワラント取引を止める旨の意向を藤田に伝えた。しかし、藤田が「今止めたら元も子もなくなる。もういっぺん私に勝負させてくれ。」とワラント銘柄の選定を藤田に任せてワラント取引を続けるよう強く勧めたため、十條製紙ワラントでの損失を取り戻したい気持ちが働いたこともあって、結局、藤田の勧めに応じてワラント取引を続けることにした。

藤田が次に選んだワラント銘柄は、大和證券であった。藤田が大和證券を選んだのは、同年八月にイラクのクウェート侵攻事件が発生して株式相場が急落したが、当時は右事件は短期間で終結するとの見方が一般的であり、右事件が解決すると株式相場が値を戻し、特に株式相場の動きに敏感な証券会社株が大幅に上昇することが見込まれ、ワラント価格もそれに連動して上昇することが期待できるという理由からであった。そこで、原告は、藤田の勧めに従い、十條製紙ワラントを三七三万三七六五円で売却したのと同日である同年八月一〇日に、大和證券ワラントを三七四万七五〇〇円で購入した。なお、不足金一万三七三五円は同月一四日に原告が被告会社店頭に現金で持参して支払った。

ところが、予想に反して湾岸戦争は長期化し、株式相場も下落を続ける一方で値上がりの気配を見せない状況が続いたため、結局、原告は、同年一二月一一日に大和證券ワラントを一四七万七七四二円で売却した。その結果、原告は大和證券ワラントに関する取引で二二六万九七五八円の損失を被った。(なお、以上の点について、原告本人は、これら一連のワラントの売買はすべて藤田が原告に相談することなく行い、事後的に原告に報告して承諾を得るのみであったと供述する。確かにワラントの銘柄選定などは専ら藤田が行い、藤田が原告に購入を勧めていたことは藤田証人自身が認めるところである。しかし、ワラント取引開始後ほとんど連日のように藤田から自宅に電話がかかってきたことは原告も認めており、通話の中で、藤田からのワラントの現在価格の報告だけでなく、相場の見通しなどワラント取引に関する意見交換が行われたであろうことが推認されること、ワラント買付けに当たって不足金が生じたときにこれを迅速に補填する措置を原告が取っていることなどから、原告の右供述部分を直ちに採用することはできない。

他方、藤田証人は、十條製紙ワラントを売る段階でかなり大きな損が出たため今度は値動きのいいワラントを買いたという意向を原告が示したので、大和證券ワラントを勧めたと、ワラント取引の継続が原告の自発的意志によるものであるかのように証言している。しかし、右時点で原告は、ワラント取引によって初めて、しかも多額の損失を被ったのであり、その心理的動揺が相当のものであったであろうことは推認するに難くなく、即座に自発的に次の大和證券ワラントの購入を決意できたとは到底考えられない。やはり、原告が供述するように半ば強引とも思われる藤田からのワラント取引継続の勧めがあったことに影響されたと考えるのが合理的であり、この点に関する藤田証言は採用することができない。)

6  原告と被告会社間のワラント取引の経緯(大和證券ワラント売却以降三菱自動車ワラント)まで

原告は、大和證券ワラントを一四七万七七四二円で売却したのと同じ平成二年一二月一一日に、住友重機ワラントを四四四万六五六二円で購入した。そして、大和證券ワラントの売却代金一四七万七七四二円との差額二九六万八八二〇円のうち書替料二〇〇円を除く不足額二九六万八六二〇円については、同月一八日に被告会社に振込送金した。そして、住友重機ワラントについては、購入してわずか三日後の同月一四日に四九三万五一五〇円で売却し、四八万八五八八円の利益を上げた。

それから平成三年三月一一日まで、原告は、丸紅ワラント、阪和興業ワラント、三菱金属ワラント、オリコワラント、三菱自動車ワラントと次々に売買を繰り返したが、これらのワラントについてもすべて藤田が銘柄を選定して原告に勧めたものであり、結果的にはいずれも利益を上げ、住友重機ワラント以降のワラント取引で原告が上げた利益総額は、一六〇万七三六〇円になった。

なお、住友不動産を初め、藤田が原告に購入を勧めたワラント銘柄は、いずれも当時の株価がワラントの権利行使価格を下回ったいわゆるマイナスパリティであり、新株引受権を行使することは当初から全く念頭になく、専らワラント価格が上昇した時期を見計らって売却し、購入価格との差額を利益として取得することを目的としたものであった。

7  日本石油及び神戸製鋼の各ワラントの購入経過及びその結果

平成三年二月下旬、藤田は東京本社への転勤の内示を受け、原告の担当を支店次長である館に引き継いだ。藤田と館は、電話で原告に藤田の転勤の報告と担当者の交代の挨拶をしたが、その際、藤田において、原告が同月二〇日に購入した三菱自動車ワラントが値上がり傾向にあることに言及し、売却するかどうかの意向を原告に尋ねたところ、原告は売却せずに保有を続ける旨返答した。しかし、その後、同月二八日の時点では右ワラント価格は値下がりし、原告に一三万〇五〇〇円の損失が生じるまでになった。

ところが、平成三年三月一一日になって、三菱自動車ワラントの価格が再び上昇してきたので、館は、同日午前九時すぎ、直ちに原告の勤務先に電話して原告と連絡を取り、価格の現状を報告し、売却して利益を確保することを勧めた。原告はこれに応じて、館に対し三菱自動車ワラントの売却を注文し、併せて売却代金で別銘柄のワラントを購入したい旨を館に伝えた。この時点で三菱自動車ワラントは六二六万三七一六円で売却でき、原告は五五万六〇二九円の利益を上げた。

同日午前一一時頃、被告会社に電話を入れてきた原告に対し、館は、日本石油ワラントの購入を勧めた。その理由は、同年二月下旬の湾岸戦争終結による石油不安の解消から石油関連株式の株価が上昇してきていることや、当日の日本石油株の出来高からワラント価格の上昇が見込まれたためであった。これを聞いた原告は、直ちに館に日本石油ワラントの購入注文を出した。そして、同ワラントの購入代金三一四万三五六二円については、三菱自動車ワラントの売却代金の一部を充てることにした。

平成三年三月一五日午前一〇時半頃、原告は、被告会社店頭に来訪し、被告会社の預かり口座の残金のうち三菱自動車ワラントの売却代金分を除いた九一万五八五六円を引き下ろした。そして、店頭で館と面談し、三菱自動車ワラントの売却代金から日本石油ワラントの購入代金を差し引いた約三一〇万円で購入するワラントについて館に相談した。館は、クイック(店内に設置されているワラント価格を表示する端末機)や週間ゴールデンチャート(各企業の株価動向のグラフや展望が掲載されている雑誌)や会社四季報の資料を示しながら、二、三の値上がりの期待できる銘柄を原告に紹介した。原告は、館から渡された資料をいったん持ち帰ったが、同日午後一時頃、被告会社に電話を入れ、館に購入するワラント銘柄についての助言を求めた。

そこで、館は、神戸製鋼の株価が同年二月から上昇傾向にあるのに、ワラント価格が三か月間安値のままであり値上がりが期待できるとして、神戸製鋼ワラントの購入を勧めた。原告は、これに応じて神戸製鋼ワラント一〇〇ワラント分の購入注文を館に出し、同日、三〇六万七八七五円で購入した。

ところが、いずれの銘柄も館の予想に反してワラント価格は値上がりせず、同年三月一九日頃には、日本石油ワラントは株価の下落に連動して価格が約一ポイント下落し、神戸製鋼ワラントは株価が若干上昇したにもかかわらず価格が下落し始めたため、館は、原告にこれら二銘柄のワラントの売却(損切り処分)を勧めた。しかし、原告は、これらのワラントを売却しようとせず、その後の再三にわたる館からの勧めにも従おうとはしなかった。

その間にも、三一四万三五六二円で原告が購入した日本石油ワラント(権利行使期間満了日は平成五年一二月七日)の価格は、平成三年五月三一日の時点で一六三万六九六八円、同年八月三〇日の時点で四二万八五九三円、同年一一月二九日の時点で二八万四四八四円、平成四年二月二八日の時点で四万二〇二二円と急激に下落してしまった。

他方、原告が三〇六万七八七五円で購入した神戸製鋼ワラント(権利行使期間満了日は平成五年六月一五日)の価格も、平成三年五月三一日の時点で一八九万五四三七円、同年八月三〇日の時点で三四万二八七五円、同年一一月二九日の時点で八万四五三二円、平成四年二月二八日の時点で八万四〇四五円と急激に下落してしまったが、原告は、これらワラントの時価を被告から送付される書面で知っていたにもかかわらず、いずれも処分しようとはしなかった。

このような状況下で、平成四年三月までの間に一度、被告会社の野尻支店長が原告方を訪ね、たとえ数千円位の価格でも保有し続けてゼロになるよりはましである旨原告を説得して、これら二つのワラントの売却を強く勧めた。しかし、原告は売却に応じず、結局、二つのワラントのいずれも保有したまま権利行使期間を経過させてしまった。

(なお、以上の点について、原告本人は、これら一連のワラントの売買もすべて館が原告に相談することなく行ったと供述するが、原告の右供述部分を直ちには採用できないことは、前記5と同様である。)

二  ワラントの特質と危険性について

1  ワラントの特質

前記第二の一3、4の争いのない事実に証拠(甲第二〇、第四一、第四三、甲個第一、第六、第七の一、第一三、第一四、乙第二五、第二六、証人藤田)及び弁論の全趣旨により認められる事実を総合すると次のとおりとなる(なお、数値の具体例として、原告が最初に購入した平成元年一二月二一日発行の住友不動産ワラントのものを挙げる。)。

(一) ワラントの権利内容

ワラント債発行の際に定められる権利内容としては、次のものがある。

(1) ワラント債券面額

ワラント債の券面額は多くが五〇〇〇ドルであるが、中には額面一万ドルのものもある。本件で原告が取引をしたワラントのワラント債券面額は、住友不動産を含めすべて五〇〇〇ドルである。

(2) 付与率

ワラント債券面額に対し何株の新株を付与するかを表示したものであり、多くは券面額に対し一(一対一)である。本件住友不動産ワラントも一であった。

(3) 権利行使期間

ワラント債発行後数週間後からワラント債の満期償還日の一営業日前までとされ、発行後四、五年とされるものが多い。本件住友不動産ワラントの場合は、平成二年一月一六日から平成五年一二月九日までであった。

(4) 権利行使価格

新株引受権を行使した際、これを支払うことで新株を購入できる価格である。外貨建てワラントの場合、条件決定当日(発行日の二週間前)の株価終値を基準に、これに2.5パーセント程度の上乗せした価額を権利行使価格としている。本件住友不動産ワラントの場合、二三一〇円九〇銭であった。

(5) 固定為替レート

外貨建てワラントの場合、社債の券面額を円に換算し直す必要があるが、為替レートの変動によりワラントの取得株式数が変動しないよう固定為替レートはあらかじめ定められている。本件住友不動産ワラントの場合、一ドル一四四円六〇銭であった。

その結果、引受株数は別紙数式一覧表1(1)の計算式で算出され、住友不動産ワラントの行使株数は、同表1(2)の計算から一ワラント当たり312.86株(小数点第三位以下、切り捨て)となる。なお、行使株数につき、小数点以下第二位まで表示したのは、藤田証言により被告会社では五〇ワラント単位で販売していることが認められ、右桁数までは権利行使時の取得株数算定に当たって意味を持つと考えられるからである。

(二) ワラントの価格

ワラントの価格(単価)は、それが結合していた社債部分の券面額に対する百分率(パーセンテージ)で示し、これを「ポイント」という単位で表示することが多い。

したがって、円単位に換算したワラント価格は、別紙数式一覧表の2(1)の計算式で算出されることとなり、たとえば、原告が購入注文を出した平成二年三月二八日時点における住友不動産ワラントの価格は、当日の為替レートが一ドル一五八円七〇銭(別紙取引一覧表参照)であるため、別紙数式一覧表2(2)の計算から一ワラント当たり九万一二五三円となり、五〇ワラントの買付代金は四五六万二六五〇円となる。

(三) ワラントのパリティ(理論値)

ワラント投資の目的の一つは、株価よりも安い権利行使価格によって株式を取得し、これを株価で売却して差益を得ることにある。

仮に株価がワラントの権利行使価格より下であれば、投資家はなにもワラントを購入して、現在の株価より高い値段で株式を購入する必要はなく、直接株式を購入すればよいのである。したがって、理論上は、株価が権利行使価格を上回ったときに初めてワラントを購入する意味があることになり、ワラントが価値を持つといえる。

すなわち、この株価と権利行使価格の差額がワラントの理論上の価値とされ、パリティと呼ばれる。パリティも、「ポイント」を単位とするワラント価格と同様に、ワラント債券面額に対する百分率(パーセンテージ)割合で表示される。一ワラント当たりの株価と権利行使価格との差額は、

(株価−権利行使価格)×一ワラント当たりの引受株数

であるから、外貨建てワラントの場合、パリティの計算式は別紙数式一覧表の3(1)のとおりとなり、たとえば、原告が購入注文を出した平成二年三月二八日時点における住友不動産ワラントのパリティは、甲個第七の一より当日の住友不動産の株価が一四六〇円であることから、同表3(2)の計算により一ワラント当たりマイナス33.54となる。

右のように、パリティがマイナスの場合でも、株価が権利行使価格を上回る可能性がゼロとならない限り、後記のプレミアムが付き、ワラント価格はプラスで計上される。マイナスのパリティは、プレミアムの程度、動向を考えるに当たって数値上の意味を持つにすぎない。

なお、パリティは、ワラントの残存期間とは関係なく、権利行使価格と株価との関係だけで決まる点で、プレミアムとは異なる。

(四) プレミアム

(1) プレミアムの概念

プレミアムとは、現実のワラント価格とパリティの差に相当する部分である。プレミアムは、株式よりもワラントを割高に買い付ける割合であると同時に、株式以上に高い代価を支払ってでもワラントを購入しようとする人気の尺度でもある。ワラントにプレミアムが付く理由は、①将来の株価の値上がり期待に加えて、後記のとおり、②一般に株価の値上がり率よりも大きな値上がり率を見込めること、③現物の株式を買うよりも少ない投資資金ですむことなどによる。つまり、プレミアムは、投資家が当該ワラント銘柄に対して持つ期待感が反映されたものなのである。あるワラント銘柄についてプレミアムの大小を決める尺度としては、一般に①残存する権利行使期間、②株価の変動性、③後記ギアリング効果の大小が挙げられる場合が多い。

(2) プレミアムの推移の傾向

プレミアムはワラント発行当初が最大であり、株価の上昇に伴ってプレミアムは減少し、株価が権利行使価格の二倍以上になるとプレミアムはほとんどなくなる。これは、プレミアムがワラントの先高期待を表すものであり、先高期待のないときにはプレミアムが激減するためである。

また、ワラントの権利行使残存期間が二年を切るとプレミアムは目立った減少を示すようになり、更に権利行使期間満了日が近づくと、株価の上昇がなくともプレミアムは消滅するに至る。これも先高期待可能性が減少するからである。

逆に株価が権利行使価格を下回ると、将来、株価が回復した場合のワラント投資が持つ高収益性への期待が高まって、プレミアムは拡大する。その結果、株価が権利行使価格をかなり下回っても、ワラント価格は一五ポイント程度で下げ止まることが多い。

(五) ギアリング(歯車)効果

一般にワラントの価格は、株価に連動し、株価の変動の何倍もの割合で変動するとされ、これをギアリング効果という。また、これがワラントにプレミアムが付く最大の理由である。ワラントのギアリング効果は理論上次のように説明されている。

ワラント投資の場合、権利行使価格は株式購入を前提とした価格であって、その払込みは新株引受時まで繰り延べられている。それにもかかわらず、株価が上昇した場合、ワラントを購入したことによって、株式を購入したのと同様の株式の値上がり益を受け取ることができるのである。

そして、別紙数式一覧表3(1)の式から、実勢為替レートの変動を考慮に入れないとすれば、ワラントのパリティは株価と権利行使価格の差額に比例する。たとえば、権利行使価格四五〇円のワラント銘柄の株価が五〇〇円から六〇〇円に値上がりしたとする。そうすると株価の上昇率は、

(六〇〇−五〇〇)÷五〇〇×一〇〇=二〇

で二〇パーセントであるのに対し、ワラントの上昇率は、

(六〇〇−四五〇)÷(五〇〇−四五〇)×一〇〇=三〇〇

で三〇〇パーセントにもなるのである。

ところが逆にたとえば右株価が五〇〇円から四六〇円に値下がりしたとすると、株価の下落率は、

(五〇〇−四六〇)÷五〇〇×一〇〇=八

で八パーセントであるのに対して、ワラントの下落率は、

(五〇〇−四五〇)÷(四六〇−四五〇)×一〇〇=五〇〇

で五〇〇パーセントもの下落率となる。

したがって、ワラントのギアリング効果は優れた投資効率をもたらすものではあるが、株価が下落したときにもマイナスのギアリング効果が発生し、ワラント価格は株価の下落率の何倍もの率で下落することになる。

以上を総合すると、ワラントは比較的少額の投資で高い利益を得られるという利点を持つ反面、値下がりも激しく、損失が株式取引よりも拡大する傾向を持つといえる。

なお、右ギアリング効果の説明は、パリティが存在する場合つまり株価がワラントの権利行使価格を上回る場合を念頭に置いているが、株価が権利行使価格を下回る場合(いわばマイナスパリティの場合)も、ワラント価格は株価に連動し、その数倍の値動きを示すと理解されている。ただし、たとえば甲個第一三号証のように、マイナスパリティにおいてはプレミアムが大きい場合が多く(理論的には、マイナスパリティの場合のワラント価格はプレミアムのみである。)、この場合、株価の上昇はまずプレミアムの減少となって現われることが多いため、株価が上昇を始めた当初はワラント価格が上昇しないとの指摘もされている。

(六) 相対取引

昭和六一年一月からは、日本企業が海外で発行していた外貨建てワラントの国内持込みが認められるようになったが、外貨建てワラントは外国証券であるため国内の証券取引所には上場されておらず、国内の投資家は国内の証券会社と店頭で相対取引(国内店頭取引)を行うのが一般である。

しかし、相対取引については、同一銘柄の価格が証券会社ごとに必ずしも一致しないこと、価格形成過程が不透明・不公正で、価格公表が不徹底であるなどの問題点が指摘された。そのため、平成元年一月から業者間売買市場が創設され、さらに、平成元年五月一日から、代表的な四二銘柄(平成二年三月一日からは約一〇〇銘柄となる。)の外貨建てワラントの気配値(各証券会社が取引を希望する価格の平均値)が日本証券業協会によって公表されるようになった。

そして、平成二年九月二五日から業者間の外貨建てワラント取引を日本相互証券株式会社に集中させ、その気配値一覧(前日取引分の中値)が日本経済新聞などの経済、金融、証券の専門紙に掲載されるようになった。

2  ワラント取引の危険性についての検討

原告は、様々なワラント取引の問題点(危険性)を指摘し、およそ一般投資家には適合しない取引である旨主張するので、以下、勧誘の違法性判断の前提として、一応の判断を加えておくこととする。

(一) ワラント価格の不明瞭

これに関する原告の主張は、要するにワラントの価格がポイントという一般投資家に容易に理解できない数値で表示されていること、及び、プレミアムの存在によってワラントの価格決定が不明瞭なものとなっていることを指摘したものと理解される。

しかしながら、まず、ワラント価格の表示については、ポイントがワラント債券面額に対する百分率で表されていることさえ理解していれば、毎日の為替レートは一般の新聞誌上に掲載されているから、ポイント数を別紙数式一覧表2(1)の数式を使って円に換算することはそれほど困難なことではないと思われる。

また、原告がワラント価格決定の不明瞭さと主張するものについても、ワラントのプレミアムは前記のとおり結局株価の先高期待などの投資家の思惑の反映であり、株式相場の動向や発行企業の業績に対する評価、将来への展望等様々な経済的要因等が反映して価格が具体的に形成され、かつ刻々と変動するという点において、株価の要素となる投資家の思惑部分と基本的に異なるところはない。株価の形成要因がすべて理論的に分析し尽くされているわけではないのである。

(二) ハイリスク・ハイリターン性

前記1のワラントの特質としてあげたとおり、ワラント価格は原則として株価に連動し、かつ、その何倍もの変動率で上昇・下降する。したがって、ワラント価格の推移が投資家の思惑と合致したときには、短期間で高収益を上げることができる(本件でも住友重機ワラントで原告が三日間で五〇万円近い利益を取得することができたことは前記第三の一6で認定したとおりである。)。これに対し、思惑と合致しなかったときなどはワラント価格が急激に下落する危険性も相当に高い。この点については原告が指摘するとおりである。

(三) 為替リスク

外貨建てワラントを売却する場合、売却価格が為替変動の影響を受けることは、別紙数式一覧表2(1)からも明らかである。すなわち、円高の時にワラントを購入し、ドル高の時に売却できれば為替差益が得られ、逆の場合は為替差損を被ることになる。しかし、これは外貨建取引一般についていえることでワラント特有のものではなく、この種の経済活動を行おうとする者は当然理解しておくべきことである。また、為替変動がワラント価格の大幅な下落の原因となるとも考えにくい。

(四) 相対取引

外貨建てワラントは証券会社と顧客との間の相対取引であること、それがために価格決定に当たっての問題点が従来指摘されてきたことは確かであるが、前記第三の二1(六)認定のとおり、ワラント価格の公正さの確保及び公表に関して様々な方策が取られるに至り、原告が本件一連のワラント取引を開始した平成二年三月の時点では、相対取引に絡むワラント価格形成の問題点はほぼ解消されたといって差し支えない。

(五) ワラント取引における投下資本の回収方法について

この点についても原告は様々な問題点を指摘するが、本件事案に即して考えれば、原告は新株引受権を行使する考えは毛頭なく、ワラント価格が上昇した時期を見計らって売却する方法で利益を得ることのみを意図していたのであるから、新株引受権行使に関連した原告の主張については検討を加えるまでもない。

もっとも、原告指摘の、ワラントにおける新株引受権行使期間の存在については、社債や転換社債における満期償還に相当するものがなく、権利行使期間を過ぎるとワラントが全く無価値になってしまう点が、ワラントの大きな特色といえる。しかも、前記第三の二1(一)(3)のとおり、プレミアムはワラントの権利行使残存期間が二年を切ると目立った減少を示すようになり、更に権利行使期間満了日が近づくと消滅するのであるから、それに伴ってワラントの価格も急落してしまう(本件においても日本石油及び神戸製鋼の各ワラントにつき、この現象が見られたことは、前記第三の一7のとおりである。)。特に、権利行使期間が一年未満となったワラントは、取引量が激減し、前記気配値の発表も行われなくなるのである(館証言)。

したがって、原告のようにワラントの売却による値上がり益の取得を意図する投資家にとっても、当該ワラントの権利行使期間がいつまでであるかを認識しておくことは大きな意味を持つことになる。

(六) ワラントにおける投資判断のための指標

原告はワラント取引における様々な投資効率の判断指標を掲げ、かつ、それを本件で原告が損失を被ったワラントにあてはめて、本件ワラント取引がいかに投資効率の悪いものであったかを縷々主張する。

しかしながら、先に述べたとおり、ワラント価格ことにプレミアム部分の最も大きな決定要素は、当該銘柄ワラントないし株式の先高期待感であり、ワラントないし株式市場全体の動向見通しである(そしてこれらが、パリティの算出要素である実勢株価にも大きく影響することはいうまでもない。)。また、株式相場、ワラント相場の動向予測に当たっても、当該企業の業績や国内の景気、金利や為替の動向、市場の需給関係、海外市場の動向など実に様々な判断要素が考えられ、かつ、これらは刻々と変動するものであるから、個々の取引時点における総合的な分析が要求されるのである(なお、本件においても藤田や館は、原告主張のような指標を理解しつつ、右のような状況分析を行って投資銘柄を選定したことが各証言から窺える。)。

したがって、原告主張の投資判断の指標は、あくまで当該時点での投資有望銘柄を選定するに際しての一つの考慮基準としての意味を持つものでしかなく、右指標にあてはめた結果から直ちに当該ワラントが投資対象に値しないものであったと結論付けることには、多大の疑問を感じざるをえない。

(七) まとめ

以上の検討結果によると、ワラント投資の危険性判断において重要な要素となるワラントの特質は、(1)ワラント価格は原則として株価に連動し、かつ、その何倍もの変動率で上昇下降すること、及び、(2)権利行使期間の存在の二点であるといえる。

三  本件勧誘の違法性について

原告は、外貨建てワラントは仕組みが複雑難解で多くの問題を抱えた商品であり、およそ一般投資家には適合しない取引である旨主張する。しかし、前記のとおり、ワラントは価格上昇の幅が株価より大きいものの株式投資と同様リスクとリターンのバランスが取れており、投資対象としても合理性は十分存在すること、株価下落などによる損失も投資元本を失うのにとどまり、それ以上に更に追い証等の負担をさせられる商品先物取引等に比較すると投資危険は限定されていること、ワラント取引の特徴、危険性について的確に認識さえしていれば一般投資家でもワラント取引を行うことが十分に可能であると考えられること、商法などの法律上も個人投資家のワラント取引を禁止していないことなどを考慮すると、ワラント取引自体がおよそ一般個人投資に適合しないとまで断定することはできない。

そして、証券取引における自己責任の原則、すなわち、取引自体が本来、危険性を伴い、証券会社が顧客に提供する情報なども将来の経済情勢など不確定的な要素を多く含み予測や見通しの域を出ないことが通常である場合、投資家自身において、開示された情報を基礎に、当該取引の危険性とその危険性に耐え得るだけの相当の財産的基礎を有するかどうかを自らの判断と責任において行うべきであるとする道理は、ワラント取引においても等しく妥当するというべきである。

しかし、かかる自己責任の原則から証券会社の投資勧誘がいかなるものであってもよいというわけでは決してない。証券会社が証券市場を取り巻く政治経済情勢はもちろん、証券発行会社の企業実績、財務状況等について高度の専門的知識、情報を保有する一方で、多数の一般投資家が専門家としての証券会社従業員の推奨、助言などを信頼して証券市場に参入している状況下においては、このような投資家の信頼は十分に保護されなければならない。したがって、証券会社の従業員が投資家に投資勧誘をするに当たっては、投資家が当該取引に伴う危険性についての的確な認識形成を妨げるような虚偽の情報又は断定的な判断を提供してはならないことはもちろんのこと、その他にも勧誘対象や勧誘方法等につき投資家保護のための様々な注意義務を負担しており、これらに反するときは当該投資勧誘行為は違法と判断されることになるのである。

1  適合性の原則についての違反の有無

(一) 適合性の原則

適合性の原則とは、証券会社が投資勧誘を行う際、当該勧誘が顧客の経験、投資目的、財政状態などの実情に照らして適合するものでなければならないというものであり、「投資者本意の営業姿勢の徹底について」昭和四九年一二月二日付蔵証第二二一一号大蔵省証券局長通達で、勧誘に際し投資家の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるように十分に配慮すること、取引開始基準を作成し、それに合致する投資家に限り取引を行うこととしているのも、右適合性の原則の適用を表明したものである。

もっとも右通達は営業準則としての性質を有するもので、これに違反した行為が直ちに私法上も違法と評価されるものではないが、しかし、前記のような投資家保護の要請とそれを具体化したものと考えられる右通達の趣旨を考慮すれば、証券会社は、適合性の原則をふまえて、顧客の意向や財産状態に照らして明らかに過大な危険を伴う考えられる取引を積極的に回避すべき注意義務を負担していると解すべきである。そして、ワラント取引が通常の株式取引に比して非常に高い危険性を有するものである以上、顧客の職業、年齢や財産状態、投資経験等に照らして、当該顧客をワラント取引に引き込むことが当該顧客に過大の危険を負わせることになり社会的相当性を欠くと判断されるような場合には、それだけで私法上も違法と判断されることになるというべきである。

(二) 本件における適合性原則違反の有無

前記第三の一1ないし4で認定した事実、ことに、原告はワラント取引を開始した平成二年三月の時点で四四歳の壮年であり、信用取引の経験はないものの、それまで約四年にわたって投資信託や株式の現物取引、更に短期間ではあるが金地金取引の投資経験を有していたこと、特に株式取引においては証券会社の担当者の助言に頼ることなく、原告なりに株価動向を判断して投資銘柄を選択することが常であり、値動きが激しく投機性の強い株式銘柄を、リスクを承知の上で売買することも少なからずあったこと、藤田が担当を引き継いだ時点で被告会社における原告の預かり資産が約一七〇〇万円と比較的多額であったことを考慮すると、ワラント取引が原告にとって明らかに過大な危険を伴う取引であるとまで評価することはできない。したがって、藤田が原告にワラント取引を勧誘したことが適合性の原則に違反するとは解されない。

2  説明義務違反の有無

(一) 説明義務の内容、程度

前記第三の二で検討したとおり、ワラントは、株式と比較して投機性が強く、ワラント特有の危険性を持つ商品である。したがって、当該投資家がワラント取引の適合性を一応有すると判断される場合においても、前記投資家保護の要請に鑑みれば、証券会社(ないしその従業員)は、顧客である投資家にワラント投資を勧誘するに当たり、顧客が既にワラント取引に通暁しているといった特別の場合を除き、顧客が投資するか否かを自己決定する前提として当該取引に伴う危険性について顧客に正しく認識させるだけの情報を提供すべき、いわゆる説明義務があるというべきである。

そして顧客に対して説明すべき内容としては、前記第三の二2(七)でまとめたとおり、投資の危険性判断において重要な要素となるワラントの特質が、(1)ワラント価格が原則として株価に連動し、かつ、その何倍もの変動率で上昇下降すること、及び、(2)権利行使期間が存在することの二点であるから、少なくともこれらの説明を欠かすことはできない。

また、ワラント取引に伴う前記危険性の内容を説明するに当たっては、ワラント投資の有利性に重点を置いた説明をする中でワラントの概要及び危険性を抽象的に触れるだけでは不十分である。どの程度の説明を尽くすべきかは、顧客の職業、投資経験、投資目的、従来の投資方針、運用額、運用資産の性質、ワラント取引の経験などによって異なるが、顧客がワラント取引に伴う危険性を具体的に理解できるような内容、方法で説明を行うべきといえる。

(二) 説明すべき内容に関する原告の主張について

なお、右説明すべき内容の点に関し、原告は、(3)ワラント価格の動きが株価の動きと必ずしも連動しないこともあること、及び、(4)前記ワラント取引における様々な投資効率の判断指標とそれを当該銘柄に当てはめた場合の結果なども説明すべきである旨主張する。

しかしながら、まず(3)については、ワラント取引においてはワラント価格が株価と連動して推移するとの理解が現在でも一般的であり、株価と連動しないのはごく例外的な場合とされている。本件における藤田及び館の理解も同様である。なお、ワラントのパリティが存する場合の株価との連動性については前記第三の二1(五)で認定したところからある程度理論的に説明できるが、プレミアム部分のみで価格が形成されるマイナスパリティの場合は株価に連動すること(そしてギアリング性)がそれまでのワラント取引上積み重ねられた経験則に由来するものであることは否定できない。前記第三の二1(四)(2)の株価に連動しない場合についての指摘も、経験に基づいた理論的説明の試論にすぎないといえる。より平易に理解すれば、株式の実勢価格が権利行使価格を甚だしく下回っているようなワラント銘柄については、多少株価が上昇傾向を見せ始めていても通常は誰も購入を望まないであろうから、ワラント価格が直ちに上がり始めるということはないであろう。しかし、もし、当該銘柄の企業内容を分析した結果、将来の株価のいっそう大幅な上昇が見込めると判断した投資家がいれば、ワラント購入に動くであろうから、株価に連動する形でワラント価格は上昇すると考えられるのである。そして、マイナスパリティの場合でもプレミアムによってワラント価格が形成されているということは、その価格で購入を望む投資家がいるということであり、市場価値を持つということなのである(この点、ワラント価格がどこかで恣意的に決められているかのような表現の原告の主張は正当なものとは思えない。)。

そして、本件においても大半のワラント銘柄は、株価に連動した価格の動きを示しているのである。

したがって、ワラント価格が株価と連動しないという、具体的なワラント市場の動向からみればあくまで例外的とされる事態についてまで、あらかじめ投資家に説明を尽くさなければならないとするのは、煩瑣に過ぎるばかりか、投資対象商品としてのワラントの仕組みについての投資家の理解をかえって混乱させることになるというべきである。

次に(4)については、前記第三の二2(六)で検討したとおり、原告主張の投資効率の判断指標は、ある時点において将来的な投資有望銘柄を選定するに際しての一考慮基準としては意義を持つものの、右指標及びそれを当該ワラント銘柄に当てはめた数値が当該ワラントの価格の推移を左右する決定的な意味を持つものとは思えないから、これを顧客に告げなかったからといって当該取引の危険性を正確に認識させるべき義務を怠ったとはいえない。

よって、右(3)、(4)も説明義務の内容とすべきとの原告の主張は採用することができない。

(三) 本件における説明義務違反の有無

(1) ワラント取引開始から十條製紙ワラント購入まで

前記第三の一1ないし4の認定事実に基づくと、親族の経営する会社の従業員であって自ら事業を営む者でなく、株式取引については相当な知識、経験があるものの、ワラント取引はもちろんのこと信用取引も全く経験のなかった原告に対し、ワラント取引を勧誘するために藤田が取った説明方法については、次のとおり評価できる。

① まず、原告が来店した際、藤田は、「ワラント取引のあらまし」のパンフレットを示しながら、原告に対しワラントの一般的な説明をし、ワラント取引の具体例も挙げたが、短期間で顧客が儲けた具体例のみで、顧客が損失を被った具体例は紹介せず、どちらかといえばワラントの利殖方法としての有利性を強調した説明を行ったものである。そうすると、当初の店頭における面談では、ワラントに関する一通りの説明は行っているものの、ワラントの投資としての有利性のみを強調したものであったといわざるをえず、店頭で藤田からかような説明を受けながら原告が「ワラント取引のあらまし」のパンフレットに目を通したとしても、原告がパンフレットの記載内容からワラント取引の具体的危険性についての正確な認識を得られたとは考えられない。

② 次に藤田は、夜間に三、四回、一〇分ないし二〇分の間、株式投資などの説明で原告宅に電話をかけた際、ワラント取引を勧誘したものであるが、仮に当初の店頭での藤田の説明が十分なものであれば、その後、このように電話で再三説明を繰り返す必要は全くなく、また、手元に資料を持たない口頭での説明で(たとえば、ワラント価格の算定方法についてみても)原告に十分な認識を得させることは困難であると考えられることからすると、電話での説明はもっぱら原告にワラント取引を開始させる方向でのワラントの取引の有利性を強調したものであったと推認できる。

③ その後、ワラント取引に興味を示した原告に対して、住友不動産ワラントの購入を勧めた際にも、藤田は、住友不動産ワラントの具体的数値を挙げてワラントの投資効率の良さを強調し、また、住友不動産の行使期間が約三年半であることも一応原告に告げたが、それも売却利益を上げる機会を得るのに十分な期間であることを強調したものであった。この藤田の説明も、右①②の説明の延長線上にあるものと評価できる。

④ 藤田の説明を聞いた原告が住友不動産ワラントを購入してもよいとの意向を電話で表明したところ、藤田は、直ちに翌日住友不動産ワラントの買付注文を出し、同ワラントを買い付けた後、原告宅にワラント取引確認書とワラント取引説明書を郵送し、ワラント取引確認書に原告の署名捺印をさせて、速達で被告会社まで返送させた。

右ワラント取引説明書は、日本証券業協会の作成したもので、ワラント取引を開始しようとする顧客に配布するよう同協会から加盟証券会社に平成元年四月一九日付及び同年五月一日付けで通知がされているものである(甲二〇)。そして、藤田証言によると、被告会社においても、ワラント取引開始に当たっては事前にワラント取引説明書をワラント取引をしようとする顧客に配布し、それを読んで内容を十分理解したとして顧客が署名捺印した前記ワラント取引確認書を徴求するようにとの内部指導があったことが認められる。しかるに、藤田は、原告名で住友不動産ワラントの買付注文を出した後になって、ワラント取引確認書とワラント取引説明書を原告宅に郵送する手続を取っているのであり(この点に関し、右ワラント取引確認書には、原告が同書面を受領する前である住友不動産ワラント買付注文の日の日付が、被告会社側の者の手によって記入されていた。)、しかも事後的にせよ藤田が右ワラント取引説明書に基づいて原告に説明を行った形跡は全く認められない。そうすると、ワラント取引確認書に原告が署名捺印している事実から直ちに原告がワラント取引説明書の記載内容を正確に理解していたとは到底いい難い。

⑤  以上をまとめると、一番最初に原告に対してワラント取引を勧誘するに際しての藤田の説明は、ワラント価格が原則として株価に連動し、かつ、その何倍もの変動率で上昇下降すること、及び権利行使期間の存在の二点を一応説明していたにせよ、それらはワラント取引の高収益性を強調する方向のみの説明だったのであり、ワラント取引の危険性について原告が具体的に理解できるような内容では到底なかったといえる。また、ワラント取引説明書の原告への交付も事後的で、それに基づく説明もされていないことからすると、原告のワラント取引開始時点における藤田の勧誘行為は、外貨建てワラントの勧誘に当たっての前記説明義務に違反した違法なものといわざるをえない。

(2) 大和證券ワラント購入時

前記第三の一5の認定のとおり、初めて十條製紙ワラントで多額の損失を被った原告は、いったんワラント取引を止める旨の意向を藤田に伝えたが、藤田が「今止めたら元も子もなくなる。もういっぺん私に勝負させてくれ。」とワラント銘柄の選定を藤田に任せてワラント取引を続けるよう強く勧めたため、結局、藤田の勧めに応じてワラント取引を続けることにしたのである。およそ、ワラント取引より損失を被った顧客に対し、証券会社の担当者としては、ワラント取引で損失を出した原因を可能な限り分析して顧客に説明すると共に、ワラント取引の危険性について再度具体的に顧客に認識させるよう説明を行い、他の銘柄によるワラント取引を継続するか否かの選択をする機会を顧客に与えるべきである。しかるに、本件における右藤田の勧誘行為は、次の取引では確実に原告に利益を上げさせるワラント銘柄を選択することを約束したと原告に受け取られかねないものであり、原告がワラント取引の危険性について具体的に認識し、それに基づいて自己決定するのをむしろ妨げる言動であったといえる。かかる藤田の言動が右説明義務に違反する違法なものであることは明白といわねばならない。

(3) 日本石油及び神戸製鋼ワラントの購入時

前記第三の一5ないし7で認定したとおり、原告は、十條製紙ワラント及び大和證券ワラントの取引によって多額の損失を被ったにもかかわらず、被告会社との間でワラント取引を継続し、さらに平成三年二月二〇日に購入した三菱自動車ワラントでも、同月二八日には原告が一三万〇五〇〇円の損失を被るまでに値下がりしたのに、その後、同年三月一一日の時点で同ワラントの価格が高騰し、結局、同日の売却で五五万六〇二九円の利益を上げている。このような経緯の中で、原告は、ワラント価格が高い変動率で上昇下降し、短期間に高収益を上げられる反面、ワラント価格の下落で多額の損失を被ることも、自らのワラント取引を通じて実体験してきたといえる。したがって、日本石油及び神戸製鋼ワラントの購入時点においては、原告にもワラント取引に伴う危険性を具体的に理解できていたと考えられるから、右両ワラント購入における被告会社担当者である館において、改めて原告にワラント取引の危険性について具体的に説明するまでの義務はなく、その他、前記認定の館の両ワラントの推奨行為に、特に顧客に対する誠実義務に違反するような事実は見当たらない。

(四) まとめ

右(二)で判断したとおり、同(1)(2)の藤田の原告に対する勧誘行為は違法と評価されるべきものであるから、藤田の使用者である被告会社は原告に対し、藤田の右不法行為によって原告に生じたと判断される損害を賠償すべき義務がある。

四  原告の損害

1  損害額

前記第二の一4の争いのない事実によると、原告は、平成二年三月に藤田からワラント取引の勧誘を受け、それ以来、別紙ワラント取引一覧表記載のとおりのワラント取引を被告会社との間で行ってきたが、十條製紙、大和證券の各ワラントで合計四五六万三五五五円の損失を被るまでに、住友不動産、大同特殊鋼の各ワラントによってそれぞれ利益を出しており、その利益合計は五四万七一五三円となる。そして、住友重機ワラント以後のワラントの買付けは、いずれも十條製紙及び大和證券各ワラントの売却以後に行われたものであるから、結局、原告はワラント取引の開始から大和證券ワラントの売却までの間の一連の取引で、差し引き四〇一万六四〇二円の損害を被ったといえる。

なお、原告は、右(二)(3)のとおり、藤田の前記(1)(2)の勧誘行為後の事実経過の中でワラント取引に伴う危険性を具体的に理解できたといえるから、それにもかかわらずワラント取引を継続した結果として生じた日本石油及び神戸製鋼ワラントの取引による損失と、藤田の右勧誘行為との間には、もはや相当因果関係を認めることはできない。

したがって、原告は、日本石油及び神戸製鋼ワラントの取引によって損失を被ったことについて、被告会社の責任を追及することはできないというべきである。

2  原告に負担させるべき損害の範囲

(一) 前記第三の一2、3のような原告の株式取引の経験からすれば、原告において、住友不動産購入前に藤田からワラント取引の勧誘を受けた際に、ワラントが値下がりすることも当然であり、かつ、値下がり率も株式以上に大幅なものになるということを推察することは、それほど困難ではなかったものと認められる。しかるに、原告が藤田にこのことを問い質したような事実は本件において全く見当たらない。

また、原告は、たしかに藤田からはワラント取引の危険性についての具体的な危険性の説明を受けていないが、他方、住友不動産ワラントの購入発注をした後とはいえ、ワラント取引説明書の送付を受けており、右ワラント取引説明書(乙第三号証)は平易な表現でワラント取引のリスク等について説明をしているから、原告がこれを一読さえすれば、容易にワラント取引の危険性の大きさを理解することができたはずである。しかるに、原告が右ワラント取引説明書を受け取った後、ワラント取引に関する問題点を藤田に問い質したり、あるいは原告独自に雑誌や文献などで調査したというような事実も本件においては全く見当たらない。

(二) さらに、原告が、その本人尋問における供述どおり、藤田の説明によりワラント取引は短期間での高収益が期待できる反面損失を被る危険性は少ないと思いこんでワラント取引を開始したとしても、そのような思いこみ自体が余りに軽卒であったとの評価を免れない上、少なくとも十條製紙ワラントの値下がりで損失を被ることとなった時点で、ワラント取引の危険性も現実化したのであるから、藤田に対し今度はリスクに重点を置いて再度ワラント取引に関する詳しい説明を求めることもできたはずである。

また、右時点で自らワラント取引に関する理解の欠如(ないし甘さ)に思い至り、ワラント取引そのものから手を引いたり、あるいはワラント取引の内容、危険性についての十分な認識理解ができるまで当面取引を手控えるといった措置を講ずることを、投資家である原告に対し期待することは決して過重なものではないはずである。しかるに、「もう一度勝負させてほしい。」旨の藤田の言に安易に乗り、大和證券ワラントの購入注文を出して再び損失を被るに至った点は、原告の落ち度として厳しく評価されてもやむをえないものである。

(三)  以上のような事情を総合勘案すると、十條製紙ワラントと大和證券ワラントとで原告における落ち度の程度は相当異なってくるものの、前記1の損益相殺との関係で両者を別個に扱うことは困難であるため、前記1の原告の被った損害全体のうち藤田の前記違法行為が寄与した割合を三割と認め、その割合を乗じた一二〇万四九二〇円をもって被告会社が賠償すべき損害とする。

五  結論

以上の次第で、原告の被告会社に対する請求は、一二〇万四九二〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年一一月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官西井和徒)

別紙〈省略〉

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